彼等も時々「サボリ」出した。
「昨日ウンと働き過ぎたから、今日はサボだど」
 仕事の出しなに、誰かそう云うと、皆そうなった。然し「サボ」と云っても、ただ身体を楽に使うということでしかなかったが。
 誰だって身体がおかしくなっていた。イザとなったら「仕方がない」やるさ。「殺されること」はどっち道同じことだ。そんな気が皆にあった。――ただ、もうたまらなかった。

        ×     ×     ×

「中積船だ! 中積船だ!」上甲板で叫んでいるのが、下まで聞えてきた。皆は思い思い「糞壺」の棚からボロ着のまま跳《は》ね下りた。
 中積船は漁夫や船員を「女」よりも夢中にした。この船だけは塩ッ臭くない、――函館の匂いがしていた。何カ月も、何百日も踏みしめたことのない、あの動かない「土」の匂いがしていた。それに、中積船には日附の違った何通りもの手紙、シャツ、下着、雑誌などが送りとどけられていた。
 彼等は荷物を蟹臭い節立った手で、鷲《わし》づかみにすると、あわてたように「糞壺」にかけ下りた。そして棚に大きな安坐《あぐら》をかいて、その安坐の中で荷物を解いた。色々のものが出る。――側から母親
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