て、漁に出ている川崎船が絶え間なく鳴らされているこの警笛を頼りに、時化《しけ》をおかして帰って来るのだった。
 薄暗い機関室への降り口で、漁夫と水夫が固り合って騒いでいた。斜め上から、船の動揺の度に、チラチラ薄い光の束が洩《も》れていた。興奮した漁夫の色々な顔が、瞬間々々、浮き出て、消えた。
「どうした?」坑夫がその中に入り込んだ。
「浅川の野郎ば、なぐり殺すんだ!」殺気だっていた。
 監督は実は今朝早く、本船から十哩ほど離れたところに碇《とま》っていた××丸から「突風」の警戒報を受取っていた。それには若《も》し川崎船が出ていたら、至急呼戻すようにさえ附け加えていた。その時、「こんな事に一々ビク、ビクしていたら、このカムサツカまでワザワザ来て仕事なんか出来るかい」――そう浅川の云ったことが、無線係から洩れた。
 それを聞いた最初の漁夫は、無線係が浅川ででもあるように、怒鳴りつけた。「人間の命を何んだって思ってやがるんだ!」
「人間の命?」
「そうよ」
「ところが、浅川はお前達をどだい人間だなんて思っていないよ」
 何か云おうとした漁夫は吃《ども》ってしまった。彼は真赤になった。そして皆
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