ちから合図をしても、それが返って来なかった。――その遅く、睾隠《きんかく》しに片手をもたれかけて、便所紙の箱に頭を入れ、うつぶせに倒れていた宮口が、出されてきた。唇の色が青インキをつけたように、ハッキリ死んでいた。
朝は寒かった。明るくなってはいたが、まだ三時だった。かじかんだ手を懐《ふところ》につッこみながら、背を円るくして起き上ってきた。監督は雑夫や漁夫、水夫、火夫の室まで見廻って歩いて、風邪《かぜ》をひいているものも、病気のものも、かまわず引きずり出した。
風は無かったが、甲板で仕事をしていると、手と足の先きが擂粉木《すりこぎ》のように感覚が無くなった。雑夫長が大声で悪態をつきながら、十四、五人の雑夫を工場に追い込んでいた。彼の持っている竹の先きには皮がついていた。それは工場で怠《なま》けているものを機械の枠越《わくご》しに、向う側でもなぐりつけることが出来るように、造られていた。
「昨夜《ゆうべ》出されたきりで、もの[#「もの」に傍点]も云えない宮口を今朝からどうしても働かさなけアならないって、さっき足で蹴《け》ってるんだよ」
学生上りになじんでいる弱々しい身体の雑夫が、
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