「天皇陛下は雲の上にいるから、俺達にャどうでもいいんだけど、浅ってなれば、どっこいそうは行かないからな」
別な方から、
「ケチケチすんねえ、何んだ、飯の一杯、二杯! なぐってしまえ!」唇を尖《と》んがらした声だった。
「偉い偉い。そいつを浅の前で云えれば、なお偉い!」
皆は仕方なく、腹を立てたまま、笑ってしまった。
夜、余程過ぎてから、雨合羽を着た監督が、漁夫の寝ているところへ入ってきた。船の動揺を棚の枠《わく》につかまって支《ささ》えながら、一々漁夫の間にカンテラを差しつけて歩いた。南瓜《かぼちゃ》のようにゴロゴロしている頭を、無遠慮にグイグイと向き直して、カンテラで照らしてみていた。フンづけられたって、目を覚ます筈がなかった。全部照し終ると、一寸立ち止まって舌打ちをした。――どうしようか、そんな風だった。が、すぐ次の賄部屋の方へ歩き出した。末広な、青ッぽいカンテラの光が揺れる度に、ゴミゴミした棚の一部や、脛《すね》の長い防水ゴム靴や、支柱に懸けてあるドザや袢天《はんてん》、それに行李《こうり》などの一部分がチラ、チラッと光って、消えた。――足元に光が顫《ふる》えながら一瞬間|
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