んだ。宗谷海峡に入った時は、三千|噸《トン》に近いこの船が、しゃっくり[#「しゃっくり」に傍点]にでも取りつかれたように、ギク、シャクし出した。何か素晴しい力でグイと持ち上げられる。船が一瞬間宙に浮かぶ。――が、ぐウ[#「ぐウ」に傍点]と元の位置に沈む。エレヴエターで下りる瞬間の、小便がもれそうになる、くすぐったい不快さをその度《たび》に感じた。雑夫は黄色になえて、船酔らしく眼だけとんがらせて、ゲエ、ゲエしていた。
波のしぶきで曇った円るい舷窓《げんそう》から、ひょいひょいと樺太《からふと》の、雪のある山並の堅い線が見えた。然《しか》しすぐそれはガラスの外へ、アルプスの氷山のようにモリモリとむくれ上ってくる波に隠されてしまう。寒々とした深い谷が出来る。それが見る見る近付いてくると、窓のところへドッと打ち当り、砕けて、ザアー……と泡立つ。そして、そのまま後へ、後へ、窓をすべって、パノラマのように流れてゆく。船は時々子供がするように、身体を揺《ゆす》った。棚からもの[#「もの」に傍点]が落ちる音や、ギ――イと何かたわむ[#「たわむ」に傍点]音や、波に横ッ腹がドブ――ンと打ち当る音がした。
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