て、監督等が自分達で、船を領海内に転錨《てんびょう》さしてしまった。ところが、それが露国の監視船に見付けられて、追跡された。そして訊問《じんもん》になり、自分がしどろもどろになると、「卑怯《ひきょう》」にも退却してしまった。「そういう一切のことは、船としては勿論《もちろん》船長がお答えすべきですから……」無理矢理に押しつけてしまった。全く、この看板は、だから必要だった。それだけでよかった。
 そのことがあってから、船長は船を函館に帰そうと何辺も思った。が、それをそうさせない力が――資本家の力が、やっぱり船長をつかんでいた。
「この船全体が会社のものなんだ、分ったか!」ウァハハハハハと、口を三角にゆがめて、背のびするように、無遠慮に大きく笑った。
 ――「糞壺」に帰ってくると、吃《ども》りの漁夫は仰向けにでんぐり[#「でんぐり」に傍点]返った。残念で、残念で、たまらなかった。漁夫達は、彼や学生などの方を気の毒そうに見るが、何も云えない程ぐッしゃりつぶされてしまっていた。学生の作った組織も反古《ほご》のように、役に立たなかった。――それでも学生は割合に元気を保っていた。
「何かあったら跳ね
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