ば》広い、牛の啼声《なきごえ》のような汽笛が、水のように濃くこめた霧の中を一時間も二時間もなった。――然しそれでも、うまく帰って来れない川崎船があった。ところが、そんな時、仕事の苦しさからワザと見当を失った振りをして、カムサツカに漂流したものがあった。秘密に時々あった。ロシアの領海内に入って、漁をするようになってから、予《あらかじ》め陸に見当をつけて置くと、案外容易く、その漂流が出来た。その連中も「赤化」のことを聞いてくるものがあった。
 ――何時でも会社は漁夫を雇うのに細心の注意を払った。募集地の村長さんや、署長さんに頼んで「模範青年」を連れてくる。労働組合などに関心のない、云いなりになる労働者を選ぶ。「抜け目なく[#「抜け目なく」に傍点]」万事好都合に! 然し、蟹工船の「仕事」は、今では丁度逆に[#「逆に」に傍点]、それ等の労働者を団結――組織させようとしていた。いくら「抜け目のない」資本家でも、この不思議な行方[#「不思議な行方」に傍点]までには気付いていなかった。それは、皮肉にも、未組織の労働者、手のつけられない「飲んだくれ」労働者をワザワザ集めて、団結することを教えてくれてい
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