いるランチ、寒々とざわめいている油煙やパン屑《くず》や腐った果物の浮いている何か特別な織物のような波……。風の工合で煙が波とすれずれになびいて、ムッとする石炭の匂いを送った。ウインチのガラガラという音が、時々波を伝って直接《じか》に響いてきた。
 この蟹工船博光丸のすぐ手前に、ペンキの剥《は》げた帆船が、へさき[#「へさき」に傍点]の牛の鼻穴のようなところから、錨《いかり》の鎖を下していた、甲板を、マドロス・パイプをくわえた外人が二人同じところを何度も機械人形のように、行ったり来たりしているのが見えた。ロシアの船らしかった。たしかに日本の「蟹工船」に対する監視船だった。
「俺《おい》らもう一文も無え。――糞《くそ》。こら」
 そう云って、身体をずらして寄こした。そしてもう一人の漁夫の手を握って、自分の腰のところへ持って行った。袢天《はんてん》の下のコールテンのズボンのポケットに押しあてた。何か小さい箱らしかった。
 一人は黙って、その漁夫の顔をみた。
「ヒヒヒヒ……」と笑って、「花札《はな》よ」と云った。
 ボート・デッキで、「将軍」のような恰好《かっこう》をした船長が、ブラブラしなが
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