の、それを知らずに「今まで」いた。手紙には無線を頼む金もなかったので、と書かれていた。漁夫が※[#感嘆符疑問符、1−8−78] と思われる程、その男は何時までもムッつりしていた。
 然し、それと丁度反対のがあった。ふやけた蛸《たこ》の子のような赤子の写真が入っていたりした。
「これがか※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」と、頓狂《とんきょう》な声で笑い出してしまう。
 それから「どうだ、これが産れたんだとよ」と云ってワザワザ一人々々に、ニコニコしながら見せて歩いた。
 荷物の中には何んでもないことで、然し妻でなかったら、やはり気付かないような細かい心配りの分るものが入っていた。そんな時は、急に誰でも、バタバタと心が「あやしく」騒ぎ立った。――そして、ただ、無性に帰りたかった。
 中積船には、会社で派遣した活動写真隊が乗り込んできていた。出来上っただけの罐詰を中積船に移してしまった晩、船で活動写真を映すことになった。
 平べったい鳥打ちを少し横めにかぶり、蝶《ちょう》ネクタイをして、太いズボンをはいた、若い同じような恰好《かっこう》の男が二、三人トランクを重そうに持って、船へやってきた。
「臭い、臭い!」
 そう云いながら、上着を脱いで、口笛を吹きながら、幕をはったり、距離をはかって台を据えたりし始めた。漁夫達は、それ等の男から、何か「海で」ないもの――自分達のようなものでないもの、を感じ、それにひどく引きつけられた。船員や漁夫は何処か浮かれ気味で、彼等の仕度《したく》に手伝った
 一番年かさ[#「かさ」に傍点]らしい下品に見える、太い金縁の眼鏡をかけた男が、少し離れた処に立って、首の汗を拭いていた。
「弁士さん、そったら処《とこ》さ立ってれば、足から蚤《のみ》がハネ上って行きますよ!」
 と、「ひやア――ッ!」焼けた鉄板でも踏んづけたようにハネ上った。
 見ていた漁夫達がドッと笑った。
「然しひどい所にいるんだな!」しゃがれた、ジャラジャラ声だった。それはやはり弁士だった。
「知らないだろうけれども、この会社が此処《ここ》へこうやって、やって来るために、幾何《いくら》儲《もう》けていると思う? 大したもんだ。六カ月に五百万円だよ。一年千万円だ。――口で千万円って云えば、それっ切りだけれども、大したもんだ。それに株主へ二割二分五厘なんて滅法界もない配当をする会社なんて、日本にだってそうないんだ。今度社長が代議士になるッて云うし、申分がないさ。――やはり、こんな風にしてもひどく[#「ひどく」に傍点]しなけア、あれだけ儲けられないんだろうな」
 夜になった。
「一万箱祝」を兼ねてやることになり、酒、焼酎《しょうちゅう》、するめ、にしめ、バット、キャラメルが皆の間に配られた。
「さ、親父《おど》のどこさ来い」
 雑夫が、漁夫、船員の間に、引張り凧《だこ》になった。「安坐《あぐら》さ抱いて見せてやるからな」
「危い、危い! 俺のどこさ来いてば」
 それがガヤガヤしばらく続いた。
 前列の方で四、五人が急に拍手した。皆も分らずに、それに続けて手をたたいた。監督が白い垂幕の前に出てきた。――腰をのばして、両手を後に廻わしながら、「諸君は」とか、「私は」とか、普段云ったことのない言葉を出したり、又|何時《いつ》もの「日本男児」だとか、「国富」だとか云い出した。大部分は聞いていなかった。こめかみと顎《あご》の骨を動かしながら、「するめ」を咬《か》んでいた。
「やめろ、やめろ!」後から怒鳴る。
「お前えなんか、ひっこめ! 弁士がいるんだ、ちアんと」
「六角棒の方が似合うぞ!」――皆ドッと笑った。口笛をピュウピュウ吹いて、ヤケに手をたたいた。
 監督もまさか其処《そこ》では怒れず、顔を赤くして、何か云うと(皆が騒ぐので聞えなかった)引っ込んだ。そして活動写真が始まった。
 最初「実写」だった。宮城、松島、江ノ島、京都……が、ガタピシャガタピシャと写って行った。時々切れた。急に写真が二、三枚ダブって、目まいでもしたように入り乱れたかと思うと、瞬間消えて、パッと白い幕になった。
 それから西洋物と日本物をやった。どれも写真はキズが入っていて、ひどく「雨が降った」それに所々切れているのを接合させたらしく、人の動きがギクシャクした。――然しそんなことはどうでもよかった。皆はすっかり引き入れられていた。外国のいい身体をした女が出てくると、口笛を吹いたり、豚のように鼻をならした。弁士は怒ってしばらく説明しないこともあった。
 西洋物はアメリカ映画で、「西部開発史[#「西部開発史」に傍点]」を取扱ったものだった。――野蛮人の襲撃をうけたり、自然の暴虐に打ち壊《こわ》されては、又立ち上り、一間《いっけん》々々と鉄道をのばして行く。途中に、一夜作りの「町」が、まるで
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