の子供は、身体はええ[#「ええ」に傍点]べものな」
母親同志だった。
「ん、まあ」
「俺どこのア、とても弱いんだ。どうすべかッて思うんだども、何んしろ……」
「それア何処でも、ね」
――二人の漁夫がハッチから甲板へ顔を出すと、ホッとした。不機嫌《ふきげん》に、急にだまり合ったまま雑夫の穴より、もっと船首の、梯形《ていけい》の自分達の「巣」に帰った。錨を上げたり、下したりする度に、コンクリート・ミキサの中に投げ込まれたように、皆は跳《は》ね上り、ぶッつかり合わなければならなかった。
薄暗い中で、漁夫は豚のようにゴロゴロしていた、それに豚小屋そっくりの、胸がすぐゲエと来そうな臭《にお》いがしていた。
「臭せえ、臭せえ」
「そよ、俺だちだもの。ええ加減、こったら腐りかけた臭いでもすべよ」
赤い臼《うす》のような頭をした漁夫が、一升|瓶《びん》そのままで、酒を端のかけた茶碗《ちゃわん》に注《つ》いで、鯣《するめ》をムシャムシャやりながら飲んでいた。その横に仰向けにひっくり返って、林檎を食いながら、表紙のボロボロした講談雑誌を見ているのがいた。
四人輪になって飲んでいたのに、まだ飲み足りなかった一人が割り込んで行った。
「……んだべよ。四カ月も海の上だ。もう、これんかやれねべと思って……」
頑丈《がんじょう》な身体をしたのが、そう云って、厚い下唇を時々癖のように嘗《な》めながら眼を細めた。
「んで、財布これさ」
干柿のようなべったりした薄い蟇口《がまぐち》を眼の高さに振ってみせた。
「あの白首《ごけ》、身体こったらに小せえくせに、とても上手《うめ》えがったどオ!」
「おい、止せ、止せ!」
「ええ、ええ、やれやれ」
相手はへへへへへと笑った。
「見れ、ほら、感心なもんだ。ん?」酔った眼を丁度向い側の棚の下にすえて、顎《あご》で、「ん!」と一人が云った。
漁夫がその女房に金を渡しているところだった。
「見れ、見れ、なア!」
小さい箱の上に、皺《しわ》くちゃになった札や銀貨を並べて、二人でそれを数えていた。男は小さい手帖《てちょう》に鉛筆をなめ、なめ何か書いていた。
「見れ。ん!」
「俺にだって嬶《かかあ》や子供はいるんだで」白首《ごけ》のことを話した漁夫が急に怒ったように云った。
そこから少し離れた棚に、宿酔《ふつかよい》の青ぶくれにムクン[#「ムクン」に傍点]だ顔をした、頭の前だけを長くした若い漁夫が、
「俺アもう今度こそア船さ来ねえッて思ってたんだけれどもな」と大声で云っていた。「周旋屋に引っ張り廻されて、文無しになってよ。――又、長げえことくたばる[#「くたばる」に傍点]めに合わされるんだ」
こっちに背を見せている同じ処から来ているらしい男が、それに何かヒソヒソ云っていた。
ハッチの降口に始め鎌足《かまあし》を見せて、ゴロゴロする大きな昔風の信玄袋を担《にな》った男が、梯子《はしご》を下りてきた。床に立ってキョロキョロ見廻わしていたが、空《あ》いているのを見付けると、棚に上って来た。
「今日は」と云って、横の男に頭を下げた。顔が何かで染ったように、油じみて、黒かった。「仲間さ入《え》れて貰えます」
後で分ったことだが、この男は、船へ来るすぐ前まで夕張炭坑に七年も坑夫をしていた。それがこの前のガス爆発で、危く死に損《そこ》ねてから――前に何度かあった事だが――フイと坑夫が恐ろしくなり、鉱山《やま》を下りてしまった。爆発のとき、彼は同じ坑内にトロッコを押して働いていた。トロッコに一杯石炭を積んで、他の人の受持場まで押して行った時だった。彼は百のマグネシウムを瞬間眼の前でたかれたと思った。それと、そして1/500[#「1/500」は分数]秒もちがわず、自分の身体が紙ッ片《きれ》のように何処かへ飛び上ったと思った。何台というトロッコがガスの圧力で、眼の前を空のマッチ箱よりも軽くフッ飛んで行った。それッ切り分らなかった。どの位|経《た》ったか、自分のうなった声で眼が開いた。監督や工夫が爆発が他へ及ばないように、坑道に壁を作っていた。彼はその時壁の後から、助ければ助けることの出来る炭坑夫の、一度聞いたら心に縫い込まれでもするように、決して忘れることの出来ない、救いを求める声を「ハッキリ」聞いた。――彼は急に立ち上ると、気が狂ったように、
「駄目だ、駄目だ!」と皆の中に飛びこんで、叫びだした。(彼は前の時は、自分でその壁を作ったことがあった。そのときは何んでもなかったのだったが)
「馬鹿野郎! ここさ火でも移ってみろ、大損だ」
だが、だんだん声の低くなって行くのが分るではないか! 彼は何を思ったのか、手を振ったり、わめいたりして、無茶苦茶に坑道を走り出した。何度ものめったり、坑木に額を打ちつけた。全身ドロと血まみれにな
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