的《ふっきゅうてき》な過酷さだった。限度[#「限度」に傍点]というものの一番極端を越えていた。――今ではもう仕事は堪え難い[#「堪え難い」に傍点]ところまで行っていた。
「――間違っていた。ああやって、九人なら九人という人間を、表に出すんでなかった。まるで、俺達の急所はここだ、と知らせてやっているようなものではないか。俺達全部は、全部が一緒になったという風にやらなければならなかったのだ。そしたら監督だって、駆逐艦に無電は打てなかったろう。まさか、俺達全部[#「俺達全部」に傍点]を引き渡してしまうなんて事、出来ないからな。仕事が、出来なくなるもの」
「そうだな」
「そうだよ。今度こそ、このまま仕事していたんじゃ、俺達本当に[#「本当に」に傍点]殺されるよ。犠牲者を出さないように全部で、一緒にサボルことだ。この前と同じ手で。吃りが云ったでないか、何より力を合わせることだって。それに力を合わせたらどんなことが出来たか、ということも分っている筈だ」
「それでも若し駆逐艦を呼んだら、皆で――この時こそ力を合わせて、一人も残らず引渡されよう! その方がかえって助かるんだ」
「んかも知らない。然し考えてみれば、そんなことになったら、監督が第一|周章《あわ》てるよ、会社の手前。代りを函館から取り寄せるのには遅すぎるし、出来高だって問題にならない程少ないし。……うまくやったら、これア案外大丈夫だど」
「大丈夫だよ。それに不思議に誰だって、ビクビクしていないしな。皆、畜生! ッて気でいる」
「本当のことを云えば、そんな先きの成算[#「先きの成算」に傍点]なんて、どうでもいいんだ。――死ぬか、生きるか、だからな」
「ん、もう一回だ!」

 そして、彼等は、立ち上った。――もう一度[#「もう一度」に傍点]!


        附記

 この後のことについて、二、三附け加えて置こう。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
イ、二度目の、完全な「サボ」は、マンマと成功したということ。「まさか」と思っていた、面|喰《くら》った監督は、夢中になって無電室にかけ込んだが、ドアーの前で立ち往生してしまったこと、どうしていいか分らなくなって。
ロ、漁期が終って、函館へ帰港したとき、「サボ」をやったりストライキをやった船は、博光丸だけではなかったこと。二、三の船から「赤化宣伝」のパンフレットが出たこと。
ハ、それから監督や雑夫長等が、漁期中にストライキの如き不祥事を惹起《ひきおこ》させ、製品高に多大の影響を与えたという理由のもとに、会社があの忠実な犬を「無慈悲」に涙銭一文くれず、(漁夫達よりも惨めに!)首を切ってしまったということ。面白いことは、「あ――あ、口惜《くや》しかった! 俺ア今まで、畜生、だまされていた!」と、あの監督が叫んだということ。
ニ、そして[#「そして」に傍点]、「組織」「闘争」――この初めて知った偉大な経験を担《にな》って、漁夫、年若い雑夫等が、警察の門から色々な労働の層へ、それぞれ入り込んで行ったということ。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから2字下げ]
――この一篇は、「殖民地に於ける資本主義侵入史」の一頁である。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ](一九二九・三・三〇)



底本:「蟹工船・党生活者」新潮文庫、新潮社
   1953(昭和28)年6月28日発行
   1968(昭和43)年5月30日32刷改版
   1998(平成10)年1月10日89版
初出:「戦旗」
   1929(昭和4)年5月、6月号
※「樺太《からふと》」と「樺太《かばふと》」の混在は、底本通りにしました。
※複数行にかかる波括弧には、罫線素片をあてました。
入力:細見祐司
校正:富田倫生
2004年11月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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