いるにはいた。
――皆のドカドカッと入り込んできたのに、薄暗いところに寝ていた病人が、吃驚《びっくり》して板のような上半身を起した。ワケを話してやると、見る見る眼に涙をにじませて何度も、何度も頭を振ってうなずいた。
吃りの漁夫と学生が、機関室の縄梯子《なわばしご》のようなタラップを下りて行った。急いでいたし、慣れていないので、何度も足をすべらして、危く、手で吊下《つりさが》った。中はボイラーの熱でムンとして、それに暗かった。彼等はすぐ身体中汗まみれになった。汽罐《かま》の上のストーヴのロストルのような上を渡って、またタラップを下った。下で何か声高《こわだか》にしゃべっているのが、ガン、ガ――ンと反響していた。――地下何百尺という地獄のような竪坑《たてこう》を初めて下りて行くような無気味さを感じた。
「これもつれえ[#「つれえ」に傍点]仕事だな」
「んよ、それに又、か、甲板さ引っぱり出されて、か、蟹たたきでも、さ、されたら、たまったもんでねえさ」
「大丈夫、火夫も俺達の方だ!」
「ん、大丈――夫!」
ボイラーの腹を、タラップでおりていた。
「熱い、熱い、たまんねえな。人間の燻製《くんせい》が出来そうだ」
「冗談じゃねえど。今火たいていねえ時で、こんだんだど。燃《た》いてる時なんて!」
「んか、な。んだべな」
「印度《インド》の海渡る時ア、三十分交代で、それでヘナヘナになるてんだとよ。ウッカリ文句をぬかした一機が、シャベルで滅多やたらにたたきのめされて、あげくの果て、ボイラーに燃かれてしまうことがあるんだとよ。――そうでもしたくなるべよ!」
「んな……」
汽罐《かま》の前では、石炭カスが引き出されて、それに水でもかけたらしく、濛々《もうもう》と灰が立ちのぼっていた。その側で、半分裸の火夫達が、煙草をくわえながら、膝《ひざ》を抱えて話していた。薄暗い中で、それはゴリラがうずくまっているのと、そっくりに見えた。石炭庫の口が半開きになって、ひんやりした真暗な内を、無気味に覗《のぞ》かせていた。
「おい」吃りが声をかけた。
「誰だ?」上を見上げた。――それが「誰だ――誰だ、――誰だ」と三つ位に響きかえって行く。
そこへ二人が降りて行った。二人だということが分ると、
「間違ったんでねえか、道を」と、一人が大声をたてた。
「ストライキやったんだ」
「ストキ[#「ストキ」に傍点]がどうしたって?」
「ストキでねえ、ストライキだ」
「やったか!」
「そうか。このまま、どんどん火でもブッ燃《た》いて、函館さ帰ったらどうだ。面白いど」
吃りは「しめた!」と思った。
「んで、皆|勢揃《せいぞろ》えしたところで、畜生等にねじ込もうッて云うんだ」
「やれ、やれ!」
「やれやれじゃねえ。やろう、やろうだ」
学生が口を入れた。
「んか、んか、これア悪かった。――やろうやろう!」火夫が石炭の灰で白くなっている頭をかいた。
皆笑った。
「お前達の方、お前達ですっかり一|纏《まと》めにして貰いたいんだ」
「ん、分った。大丈夫だ。何時でも一つ位え、ブンなぐってやりてえと思ってる連中ばかりだから」
――火夫の方はそれでよかった。
雑夫達は全部漁夫のところに連れ込まれた。一時間程するうちに、火夫と水夫も加わってきた。皆甲板に集った。「要求事項」は、吃り、学生、芝浦、威張んな[#「威張んな」に傍点]が集ってきめた。それを皆の面前で、彼等につきつけることにした。
監督達は、漁夫等が騒ぎ出したのを知ると――それからちっとも姿を見せなかった。
「おかしいな」
「これア、おかしい」
「ピストル持ってたって、こうなったら駄目だべよ」
吃りの漁夫が、一寸《ちょっと》高い処に上った。皆は手を拍《たた》いた。
「諸君、とうとう来た! 長い間、長い間俺達は待っていた。俺達は半殺しにされながらも、待っていた。今に見ろ、と。しかし、とうとう来た。
「諸君、まず第一に、俺達は力を合わせることだ。俺達は何があろうと、仲間を裏切らないことだ。これだけさえ、しっかりつかんでいれば、彼奴等如きをモミ[#「モミ」に傍点]つぶすは、虫ケラ[#「ケラ」に傍点]より容易《たやす》いことだ。――そんならば、第二には何か。諸君、第二にも力を合わせることだ。落伍者を一人も出さないということだ。一人の裏切者、一人の寝がえり者を出さないということだ。たった一人の寝がえりものは、三百人の命を殺すということを知らなければならない。一人の寝がえり……(「分った、分った」「大丈夫だ」「心配しないで、やってくれ」)……
「俺達の交渉が彼奴等をタタキのめせるか、その職分を完全につくせるかどうかは、一に諸君の団結の力[#「団結の力」に傍点]に依るのだ」
続いて、火夫の代表が立ち、水夫の代表が立った。火夫の代表は
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