に、ローソクの灯が消えそうに細くなり、又それが明るくなったりした。死体の顔の上にかけてある白木綿が除《と》れそうに動いた。ずった。そこだけを見ていると、ゾッとする不気味さを感じた。――サイドに、波が鳴り出した。
 次の朝、八時過ぎまで一仕事をしてから、監督のきめた船員と漁夫だけ四人下へ降りて行った。お経を前の晩の漁夫に読んでもらってから、四人の外に、病気のもの三、四人で、麻袋に死体をつめた。麻袋は新しいものは沢山あったが、監督は、直ぐ[#「直ぐ」に傍点]海に投げるものに新らしいものを使うなんてぜいたく[#「ぜいたく」に傍点]だ、と云ってきかなかった。線香はもう船には用意がなかった。
「可哀相なもんだ。――これじゃ本当に死にたくなかったべよ」
 なかなか曲らない腕を組合せながら、涙を麻袋の中に落した。
「駄目々々。涙をかけると……」
「何んとかして、函館まで持って帰られないものかな。……こら、顔をみれ、カムサツカのしやっこい[#「しやっこい」に傍点]水さ入りたくねえッて云ってるんでないか。――海さ投げられるなんて、頼りねえな……」
「同じ海でもカムサツカだ。冬になれば――九月過ぎれば、船一|艘《そう》も居なくなって、凍ってしまう海だで。北の北の端《はず》れの!」
「ん、ん」――泣いていた。「それによ、こうやって袋に入れるッて云うのに、たった六、七人でな。三、四百人もいるのによ!」
「俺達、死んでからも、碌《ろく》な目に合わないんだ……」
 皆は半日でいいから休みにしてくれるように頼んだが、前の日から蟹の大漁で、許されなかった。「私事と公事を混同するな」監督にそう云われた。
 監督が「糞壺」の天井から顔だけ出して、
「もういいか」ときいた。
 仕方がなく彼等は「いい」と云った。
「じゃ、運ぶんだ」
「んでも、船長さんがその前に弔詞《ちょうじ》を読んでくれることになってるんだよ」
「船長オ? 弔詞イ? ――」嘲《あざ》けるように、「馬鹿! そんな悠長《ゆうちょう》なことしてれるか」
 悠長なことはしていられなかった。蟹が甲板に山積みになって、ゴソゴソ爪で床をならしていた。
 そして、どんどん運び出されて、鮭《さけ》か鱒《ます》の菰包《こもづつ》みのように無雑作に、船尾につけてある発動機に積み込まれた。
「いいか――?」
「よオ――し……」
 発動機がバタバタ動き出した。船尾で水が掻《か》き廻されて、アブクが立った。
「じゃ……」
「じゃ」
「左様なら」
「淋《さび》しいけどな――我慢してな」低い声で云っている。
「じゃ、頼んだど!」
 本船から、発動機に乗ったものに頼んだ。
「ん、ん、分った」
 発動機は沖の方へ離れて行った。
「じゃ、な!……」
「行ってしまった。」
「麻袋の中で、行くのはイヤだ、イヤだってしてるようでな……眼に見えるようだ」
 ――漁夫が漁から帰ってきた。そして監督の「勝手な」処置をきいた。それを聞くと、怒る前に、自分が――屍体《したい》になった自分の身体が、底の暗いカムサツカの海に、そういうように蹴落《けおと》されでもしたように、ゾッとした。皆はもの[#「もの」に傍点]も云えず、そのままゾロゾロタラップを下りて行った。「分った、分った」口の中でブツブツ云いながら、塩ぬれ[#「塩ぬれ」に傍点]のドッたりした袢天《はんてん》を脱いだ。

        八

 表には何も出さない。気付かれないように手をゆるめて行く。監督がどんなに思いッ切り怒鳴り散らしても、タタキつけて歩いても、口答えもせず「おとなしく」している。それを一日置きに繰りかえす。(初めは、おっかなびっくり、おっかなびっくりでしていたが)――そういうようにして、「サボ」を続けた。水葬のことがあってから、モットその足並が揃《そろ》ってきた
 仕事の高は眼の前で減って行った。
 中年過ぎた漁夫は、働かされると、一番それが身にこたえるのに、「サボ」にはイヤな顔を見せた。然し内心(!)心配していたことが起らずに、不思議でならなかったが[#「不思議でならなかったが」に傍点]、かえって「サボ」が効《き》いてゆくのを見ると、若い漁夫達の云うように、動きかけてきた。
 困ったのは、川崎の船頭だった。彼等は川崎のことでは全責任があり、監督と平漁夫の間に居り、「漁獲高」のことでは、すぐに監督に当って来られた。それで何よりつらかった。結局三分の一だけ「仕方なしに」漁夫の味方をして、後の三分の二は監督の小さい「出店」――その小さい「○」だった。
「それア疲れるさ。工場のようにキチン、キチンと仕事がきまってるわけには行かないんだ。相手は生き物だ。蟹が人間様に都合よく、時間々々に出てきてはくれないしな。仕方がないんだ」――そっくり監督の蓄音機だった。
 こんなことがあった。――糞壺
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