。皆はそれでドッと笑った。
その日、監督も雑夫長もいないので、皆は気楽に仕事をした。唄《うた》をうたったり、機械越しに声高《こわだか》に話し合った。
「こんな風に仕事をさせたら、どんなもんだべな」
皆が仕事を終えて、上甲板に上ってきた。サロンの前を通ると、中から酔払って、無遠慮に大声で喚《わめ》き散らしているのが聞えた。
給仕《ボーイ》が出てきた。サロンの中は煙草の煙でムンムンしていた。
給仕の上気した顔には、汗が一つ一つ粒になって出ていた。両手に空のビール瓶《びん》を一杯もっていた。顎《あご》で、ズボンのポケットを知らせて、
「顔を頼む」と云った。
漁夫がハンカチを出してふいてやりながら、サロンを見て、「何してるんだ?」ときいた。
「イヤ、大変さ。ガブガブ飲みながら、何を話してるかって云えば――女のアレがどうしたとか、こうしたとかよ。お蔭で百回も走らせられるんだ。農林省の役人が来れば来たでタラップからタタキ落ちる程酔払うしな!」
「何しに来るんだべ?」
給仕は、分らんさ、という顔をして、急いでコック場に走って行った。
箸《はし》では食いづらいボロボロな南京米に、紙ッ切れのような、実が浮んでいる塩ッぽい味噌汁で、漁夫等が飯を食った。
「食ったことも、見たことも無えん洋食が、サロンさ何んぼも行ったな」
「糞喰え――だ」
テーブルの側の壁には、
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一、飯のことで文句を云うものは、偉い人間になれぬ。
一、一粒の米を大切にせよ。血と汗の賜物《たまもの》なり。
一、不自由と苦しさに耐えよ。
[#ここで字下げ終わり]
振仮名がついた下手な字で、ビラが貼《は》らさっていた。下の余白には、共同便所の中にあるような猥褻《わいせつ》な落書がされていた。
飯が終ると、寝るまでの一寸の間、ストーヴを囲んだ。――駆逐艦のことから、兵隊の話が出た。漁夫には秋田、青森、岩手の百姓[#「百姓」に傍点]が多かった。それで兵隊のことになると、訳が分らず、夢中になった。兵隊に行ってきたものが多かった。彼等は、今では、その当時の残虐に充ちた兵隊の生活をかえって懐《なつか》しいものに、色々|想《おも》い出していた。
皆寝てしまうと、急に、サロンで騒いでいる音が、デッキの板や、サイドを伝って、此処まで聞えてきた。ひょいと眼をさますと、「まだやっている」のが耳に入
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