彼等も時々「サボリ」出した。
「昨日ウンと働き過ぎたから、今日はサボだど」
仕事の出しなに、誰かそう云うと、皆そうなった。然し「サボ」と云っても、ただ身体を楽に使うということでしかなかったが。
誰だって身体がおかしくなっていた。イザとなったら「仕方がない」やるさ。「殺されること」はどっち道同じことだ。そんな気が皆にあった。――ただ、もうたまらなかった。
× × ×
「中積船だ! 中積船だ!」上甲板で叫んでいるのが、下まで聞えてきた。皆は思い思い「糞壺」の棚からボロ着のまま跳《は》ね下りた。
中積船は漁夫や船員を「女」よりも夢中にした。この船だけは塩ッ臭くない、――函館の匂いがしていた。何カ月も、何百日も踏みしめたことのない、あの動かない「土」の匂いがしていた。それに、中積船には日附の違った何通りもの手紙、シャツ、下着、雑誌などが送りとどけられていた。
彼等は荷物を蟹臭い節立った手で、鷲《わし》づかみにすると、あわてたように「糞壺」にかけ下りた。そして棚に大きな安坐《あぐら》をかいて、その安坐の中で荷物を解いた。色々のものが出る。――側から母親がもの[#「もの」に傍点]を云って書かせた、自分の子供のたどたどしい手紙や、手拭、歯磨、楊子《ようじ》、チリ紙、着物、それ等の合せ目から、思いがけなく妻の手紙が、重さでキチンと平べったくなって、出てきた。彼等はその何処からでも、陸にある「自家《うち》」の匂いをかぎ取ろうとした。乳臭い子供の匂いや、妻のムッとくる膚の臭《にお》いを探がした。
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………………………………
おそそ[#「おそそ」に傍点]にかつれて困っている、
三銭切手でとどくなら、
おそそ[#「おそそ」に傍点]罐詰で送りたい――かッ!
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やけに大声で「ストトン節」をどなった。
何んにも送って来なかった船員や漁夫は、ズボンのポケットに棒のように腕をつッこんで、歩き廻っていた。
「お前の居ない間《ま》に、男でも引ッ張り込んでるだんべよ」
皆にからかわれた。
薄暗い隅《すみ》に顔を向けて、皆ガヤガヤ騒いでいるのをよそ[#「よそ」に傍点]に、何度も指を折り直して、考え込んでいるのがいた。――中積船で来た手紙で、子供の死んだ報知《しらせ》を読んだのだった。二カ月も前に死んでいた子供
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