一寸した。
「やめたやめた!」
「糞《くそ》でも喰《くら》らえ、だ!」
誰かキッカケにそういうのを、皆は待っていたようだった。
肩を押し合って、「おい、引き上げるべ!」と云った。
「ん」
「ん、ん!」
一人がしかめた眼差《まなざし》で、ウインチを見上げて、「然《しか》しな……」と躊躇《ため》らっている。
行きかけたのが、自分の片肩をグイとしゃくって、「死にたかったら、独《ひと》りで行《え》げよ!」と、ハキ出した。
皆は固《かたま》って歩き出した。誰か「本当にいいかな」と、小声で云っていた。二人程、あやふやに、遅れた。
次のウインチの下にも、漁夫達は立ちどまったままでいた。彼等は第二号川崎の連中が、こっちに歩いてくるのを見ると、その意味が分った。四、五人が声をあげて、手を振った。
「やめだ、やめだ!」
「ん、やめだ!」
その二つが合わさると、元気が出てきた。どうしようか分らないでいる遅れた二、三人は、まぶしそうに、こっちを見て、立ち止っていた。皆が第五川崎のところで、又一緒になった。それ等を見ると、遅れたものはブツブツ云いながら後から、歩き出した。
吃りの漁夫が振りかえって、大声で呼んだ。「しっかりせッ!」
雪だるまのように、漁夫達のかたまり[#「かたまり」に傍点]がコブをつけて、大きくなって行った。皆の前や後を、学生や吃りが行ったり、来たり、しきりなしに走っていた。「いいか、はぐれないことだど! 何よりそれだ。もう、大丈夫だ。もう――!」
煙筒の側に、車座に坐って、ロープの繕いをやっていた水夫が、のび上って、
「どうした。オ――イ?」と怒鳴った。
皆はその方へ手を振りあげて、ワアーッと叫んだ。上から見下している水夫達には、それが林のように揺れて見えた。
「よオし、さ、仕事なんてやめるんだ!」
ロープをさっさと片付け始めた。「待ってたんだ!」
そのことが漁夫達の方にも分った。二度、ワアーッと叫んだ。
「まず糞壺さ引きあげるべ。そうするべ。――非道《ひで》え奴だ。ちゃんと大|暴風《しけ》になること分っていて、それで船を出させるんだからな。――人殺しだべ!」
「あったら奴に殺されて、たまるけア!」
「今度こそ[#「今度こそ」に傍点]、覚えてれ!」
殆《ほと》んど一人も残さないで、糞壺へ引きあげてきた。中には「仕方なしに」随《つ》いて来たものも
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