、そして電信柱、犬! 犬までが本當にゐる。子供、人、「自由に」歩いてゐる人達、何より自由に!
あゝ、とう/\この世の中に歸つてきた!
彼は其處を通つてゐる人に、男でも、女でも、子供にでも何か話しかけ、笑ひかけ走り廻りたい衝動を感じた。それはそして少しの誇張さへもない氣持だつた。彼は自分の胸をワク/\と搖ぶつて、底から出てくる喜びをどうする事も出來なかつた。「とう/\、とう/\出てきた!」彼は思はず泣き出した。泣き出すと、後から、後からと心臟の鼓動のやうに、ドキを打つて涙があふれてきた。彼は、道を歩いてゐる人が立ち止つて彼の方を不審に見てゐるのもかまはずに、聲を出して、しやくり[#「しやくり」に傍点]上げた。彼は何も考へなかつた。自分以外の[#「自分以外の」に傍点]誰のことも、何も! そんな餘裕がなかつた。
「とう/\出た! とう/\※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
――佐多が出たといふ事が一人から一人へ、各監房にゐるものに傳つて行つた。[#「行つた。」は底本では「行つた」]
渡は別にどういふ感じもそれに對しては起さなかつた。何も好きこのんで監房にたゝき込まれてゐる必要はないのだから、よかつたとは思つた。彼は佐多をあまり知らなかつた。同じ運動にゐても、會社員――インテリゲンチヤといふものと、矢張り膚が合はなかつた。別にイヤではなかつた。無關心でゐた、と云つてよかつた。
然し工藤は、龍吉などゝ同じやうに、かういふインテリゲンチヤがどし/\運動の中に入つてきて、自分達の持てない色々の方面の知識で、ともすれば經驗の少ない向ふ見ずな一本調子になり易い自分達の運動に、厚さと深さとを加へなければならない、と思つてゐた。勿論佐多などには、それらしい多くの缺點はあるにしても、裏にゐてもらつて、その都度――彼でなければならない役に、役立つて貰へればよかつた。殊に工藤は、この方面にはまだ/\自分達が澤山の事をしなければならないものゝある事を考へてゐた。
× × ×
取調べは××の氣狂ひじみた方法で、こゝには書き切れない(それだけで一册の本となすかも知れない)色々な慘虐な稗話[#「稗話」はママ]を作つて、ドシ/\進んで行つた。そして「事實」の確定したものは、札幌の裁判所へ順繰りに送られて、豫審へ廻はされた。
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