うすればよかつたか? 誰が一體その目隱しを取り除けてやり、彼等の催眠術を覺ましてやらなければならないのだ?――これア案外さう俺達の敵ではなかつたぞ、龍吉も他の人達と同じやうにさう思つた。
 終ひには、檢擧された人の方で、酷き使はれてゐる××が可哀相で見てゐられない位になつた。どんなボロ工場だつて、そんなに[#「そんなに」は底本では「ぞんなに」]「しぼり」はしなかつた。
「もう、どうでもいゝから、とにかく決つてくれゝばいゝと思ふよ。」頭の毛の薄い巡査が、青いトゲ/\した顏をして、龍吉に云つた。「ねえ、君、これで子供の顏を二十日も――えゝ、二十日だよ――二十日も見ないんだから、冗談ぢやないよ。」
「いや、本當に恐縮ですな。」
「非番に出ると――いや、引張り出されると、五十錢だ。それぢや晝と晩飯で無くなつて、結局たゞで働かせられてる事になるんだ、――實際は飯代に足りないんだよ、人を馬鹿にしてゐる。」
「ねえ、水戸部さん。(龍吉は名を知つてゐた。)貴方にこんな事を云ふのはどうか、と思ふんですが、僕等のやつてゐることつて云ふのは、つまり皆んな「そこ」から來てゐるんですよ。」
 水戸部巡査は急に聲をひそめた。(以下四十七行削除)
 龍吉は明かに興奮してゐた。これ等のことこそ重大な事だ、と思つた。彼は、今初めて見るやうに、水戸部巡査を見てみた。蜜柑箱を立てた臺に、廊下の方を向いて腰を下してゐる、厚い巾の廣い、然し圓るく前こゞみになつてゐる肩の巡査は、彼には、手をぎつしり握りしめてやりたい親しみをもつて見えた。頭のフケか、ホコリの目立つ肩章のある古洋服の肩を叩いて、「おい、ねえ君。」さう云ひたい衝動を、彼は心一杯にワク/\と感じてゐた。

         九

 龍吉が演武場から隔離される二三日前の事だつた。夜の十時頃、組合で知り合つてゐた木下といふのが、巡査と一緒に演武場に入つてきた。そして二人で、彼がそこに殘して[#「殘して」は底本では「殘しに」]行つた持物を※[#「纏」の「广」に代えて「厂」、37−11]めにかゝつた。龍吉が眼を覺ました。
「オ。」龍吉が低く聲をかけた。
 木下は龍吉の方を見ると、頭をかすかに振つたやうだつた。――「札幌廻はしだ。」木下が低くさう云つた。
 龍吉は「う?」と云つたきり、いきなり何かに心臟をグツと一握りにされた、と思つた。札幌廻はり[#「札幌廻
前へ 次へ
全50ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング