敷だつた。室の三方が殆んど全部硝子窓なので、明るい外光が、薄暗い處から出てきた皆の眼を初めはまばゆくさせた。中央には大きなストーヴが据えつけられてゐた。お互に顏を見知つてゐるものも多かつたので、ストーヴを圍むと、色々な話が出た。監視の巡査は四人程ついた。巡査も股を廣げて、ストーヴに寄つた。
日暮れになると皆表に出された。裏口から一列に並んで外へ出ると、警察構内を半廻りして、表口から又入れられた。「盥廻し」をされてしまつたのだつた。急に皆の顏が不安になつた。どや/\と演武場に入つてくると、お互に顏を寄せて、どうしたんだと云ひ合つた。今度の檢束が何か別な原因からだ。といふ直感が皆にきた。實の入つてゐない鹽ツ辛い汁で、粘氣がなくてボロ/\した眞黒い麥飯を食つてしまつてから、皆はまたストーヴに寄つた。が、ちつとも話がはづんで行かなかつた。
八時過ぎに、工藤が呼ばれて出て行つた。皆はギヨツとして、工藤の後姿を見送つた。
夜が更けてくると、ブス/\煙ぶつてゐるやうな安石炭のストーヴでは室は温くならなかつた。背の方からゾク/\と寒さが滲みこんできた。龍吉は丹前を持ち出しに、薄暗い隅の方へ行つた。あとから石田がついてきた。
「小川さん、俺こんな事皆の前で云つてえゝか分らないので、默つてゐたんだけど。」と低い聲で云つた。
龍吉は胃が又痛み出してきたのを、眉のあたりに力を入れて、我慢しながら、
「うん?」と、きゝかへした。
演武場の外を、誰かゞ足音をカリツ、カリツとさせて歩いてゐた。
――少し前だつた。石田が洗面所に行つた。別々の室に入れられてゐる皆が、お互に顏だけでも見合はされ、――又運よく行つて、話でも出來るのは、實は一つしかないために共同に使はれてゐた洗面所だつた。皆が其處へ行くときは、それでその機會をうまくつかめるやうに、心で望んでゐた。石田が入つてゆくと、正面の板壁[#「板壁」は底本では「坂壁」]に下げてある横に長い鏡の前で、こつちへは後を向けた肩巾の廣い、厚い男が顏を洗つてゐた。その時は、石田は何かうつかり外のことを考へてゐたかも知れなかつた。その男の側まで行つて、彼は――と、その時ひよいと、その男が顏をあげた。石田が何氣なく投げてゐた視線と、それがかつちり合つた。「あツ!」石田はたしかに聲をあげた。頭から足へ、何か目にもとまらない速さで、スウツと走つた。彼は、
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