ま見ゆ。聞きしよりもましていふかひなくぞこぼれ破れたる。家を預けたりつる人の心も荒れたるなりけり。中垣こそあれ、ひとつ家のやうなればのぞみて預れるなり。さるはたよりごとに物も絶えず得させたり。こよひかゝることゝ聲高にものもいはせず、いとはつらく見ゆれど志をばせむとす。さて池めいてくぼまり水づける所あり。ほとりに松もありき。五年六年のうちに千年や過ぎにけむ、かた枝はなくなりにけり。いま生ひたるぞまじれる。大かたの皆あれにたれば、「あはれ」とぞ人々いふ。思ひ出でぬ事なく思ひ戀しきがうちに、この家にて生れし女子のもろともに歸らねばいかゞはかなしき。船人も皆子(いイ有)だかりてのゝしる。かゝるうちに猶かなしきに堪へずして密に心知れる人といへりけるうた、
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「うまれしもかへらぬものを我がやどに小松のあるを見るがかなしさ」
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とぞいへる。猶あかずやあらむ、またかくなむ、
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「見し人の松のちとせにみましかばとほくかなしきわかれせましや」。
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わすれがたくくちをしきことおほかれどえつくさず。とまれかくまれ疾くや
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