に和田の泊りのあかれのところといふ所あり。よねいをなどこへばおこなひ(三字くりイ)つ。かくて船ひきのぼるに渚の院といふ所を見つゝ行く。その院むかしを思ひやりて見れば、おもしろかりける所なり。しりへなる岡には松の木どもあり。中の庭には梅の花さけり。こゝに人々のいはく「これむかし名高く聞えたる所なり。故惟喬のみこのおほん供に故在原の業平の中將の「世の中に絶えて櫻のさかざらは春のこゝろはのどけからまし」といふ歌よめる所なりけり。今興ある人所に似たる歌よめり、
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「千代へたる松にはあれどいにしへの聲の寒さはかはらざりけり」。
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又ある人のよめる、
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「君戀ひて世をふる宿のうめの花むかしの香かにぞなほにほひける」
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といひつゝぞ都のちかづくを悦びつゝのぼる。かくのぼる人々のなかに京よりくだりし時に、皆人子どもなかりき。いたれりし國にてぞ子生める者どもありあへる。みな人船のとまる所に子を抱きつゝおりのりす。これを見て昔の子の母かなしきに堪へずして、
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「なかりしもありつゝ歸る人の子をあ
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