もかうやうに別れ惜み、よろこびもあり、かなしみもある時には詠む」とてよめりける歌、
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「あをうなばらふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも」
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とぞよめりける。かの國の人聞き知るまじくおもほえたれども、ことの心を男文字にさまを書き出して、こゝの詞傳へたる人にいひ知らせければ、心をや聞き得たりけむ、いと思ひの外になむめでける。もろこしとこの國とはこと(ばイ有)ことなるものなれど、月の影は同じことなるべければ人の心も同じことにやあらむ。さて今そのかみを思ひやりて、或人のよめる歌、
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「都にてやまのはに見し月なれどなみより出でゝなみにこそ入れ」。
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廿一日、卯の時ばかりに船出す。皆人々の船出づ。これを見れば春の海に秋の木の葉しも散れるやうにぞありける。おぼろげの願に依りてにやあらむ、風も吹かずよき日いできて漕ぎ行く。この間につかはれむとて、附きてくる童あり。それがうたふ舟うた、
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「なほこそ國のかたは見やらるれ、わが父母ありとしおもへば。かへらや」
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