が良い」
そこで老嫗はもじもじしている青年を伴れて外へ出、昨日の処へ往くともう前日と同じような車が待っていた。
「さあ、お乗りください」
青年が乗ると老嫗は続いて乗りながら、前日と同じように昇降口の扉も窓の扉も締めてしまった。同時に車は走りだした。そして、前日のように甃石路《いししきみち》を走り、石橋を越えなどして往ったが、やがてぴったりと停まった。
「さあ、帰りました」
老嫗は昇降口の扉を開けて青年が降りられるように体を片寄せた。青年は車を離れるのが残り惜しいような気がしたが、降りないわけにゆかないのでそのまま降りた。仙妃からもらった衣裳をしっかり持って。
そこは前日車に乗った処であった。青年がぼんやりと前日のことを頭に浮べたところで、車は飛ぶようにむこうの方へ往ってしまった。
青年は仙妃のことが忘れられないので、その翌日から仙妃にもらった衣裳を身に着けて歩いた。それは普通の民家でこしらえる衣《きもの》ではなかった。昨日まで朝夕《あさばん》の生活《くらし》に困っていたものがそうした衣を着たので、たちまち周囲の疑惑を招いた。青年はたちまち執《とら》えられた。青年は泣いて身の
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