明しを立てようとした。
「この衣裳は仙妃からもらいました」
青年は老嫗に伴れて往かれて仙妃に逢い、仙妃と未了縁《みりょうえん》を全うして衣裳をもらって帰ってきたことを細ごまと話した。すると問官《かかりかん》が訊いた。
「その仙妃というのは、どんな女であったのか、美しい女であったか」
「あまり美しい女ではありません、背の低い肌の青黒い女でありました」
「他にどこか、これという特徴《しるし》があったか」
その時青年は仙妃の眉尻に小さな疵痕のあったことを思いだした。
「右か左かの眉尻に小さな疵痕がありました」
それを聞くと問官はふふふと笑った。そして、
「よし、よし、解った、確かにそれは仙妃じゃ、仙妃にもらったものじゃ、窃《と》ったものじゃない」
と、言って青年を縦《ゆる》して帰らした。問官は時の天子|孝恵《こうけい》皇帝の皇后|賈后《かこう》の親類の男であった。
これは晋の賈后の逸話で、この話は早くから日本で翻案せられて吉田御殿類似の話になっている。谷崎潤一郎君の小説の中にもこの話をむしかえしたものがある。
底本:「中国の怪談(一)」河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年5月6日初版発行
底本の親本:「支那怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年11月30日発行
入力:Hiroshi_O
校正:門田裕志、小林繁雄
2003年8月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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