眼を据ゑて這入つて来る譲の顔を見てゐた。その室の三方には屏風とも衝立とも判らないものを立てまはして、それに色彩の濃い奇怪な絵を画いてあつた。
「ほんとにだだつ子で、やつと掴まへてまゐりました、」
 年増は譲を主婦の傍へ引張つて行つて、主婦の向ふ側の寝台の縁へ腰をかけさせやうとした。
「放してください、僕は駄目です、僕は用事があるんです、僕は厭です、」
 譲は年増の女を振り放して逃げやうとしたが放れなかつた。
「駄目ですよ、もうなんと云つても放しませんよ、そんな馬鹿なことをせずに、ぢつとしてゐらつしやいよ、本当にあなたは馬鹿ね、え、」
 主婦の眼は譲の顔から離れなかつた。
「おとなしくだだをこねずに、奥さんのお相手をなさいよ、」
 年増は押へ付けるやうにして、譲を寝台の縁へかけさした。譲は仕方なしに腰をかけながら、ただ逃げ出さうとしても逃げられないから、油断をさしておいて隙を見て逃げやうと思つたが、頭が混乱してゐて落ちついてはゐられなかつた。
「そんなに急がなくつたつて、ゆつくりなされたら好いぢやありませんか、」
 主婦は年増の放した譲の手に軽く自分の手をかけて、心持ち譲を引き寄せるやう
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