さうおつしやらずに、ちよつとおあがりくださいまし、お茶だけ差しあげますから、」
「有難うございます、が、すこし急ぎますから、」
「待つてゐらつしやる方がおありでせうが、ほんのちよつとでよろしうございますから、」
 女は潤ひのある眼を見せた。譲も笑つた。
「ちよつとおあがりくださいましよ、何人も遠慮のある者はゐないんですから、」
 後に立つてゐた女が云つた。
「さうですか、では、ちよつと失礼しませうか、」
 譲は仕方なしに左の手に持つてゐる帽子を右の手に持ち替へてあがる構へをした。
「さあ、どうぞ、」
 女は障子の傍を離れて向ふの方へと歩いた。譲は靴脱ぎへあがつて、それから上へとあがつた。障子の蔭に小間使のやうな十七八の島田に結ふた女中が立つてゐて譲の帽子を取りに来た。譲はそれを無意識に渡しながら女の後からふらふらと従いて行つた。

          四

 長方形の印度更紗をかけた卓があつてそれに支那風の朱塗の大きな椅子を五六脚置いた室があつた。先に入つてゐた女は派手な金紗縮緬の羽織の背を見せながらその椅子の一つに手をやつた。
「どうかおかけくださいまし、」
 譲は椅子の傍へ寄つて行
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