か》まえられた手を揮《ふ》り放した。
「あんたは邪見、ねえ」
 扉《ドア》が開《あ》いて小さな婆さんがちょこちょこと入って来た。頭髪《かみ》の真白な魚《うお》のような光沢《つや》のない眼をしていた。
「どうなったの、お前さん」
「だめだよ、なんと云っても承知しないよ」
「やれやれ、これもまた手数《てすう》をくうな」
「野狐《のぎつね》がついてるから、やっぱりだめだよ」
 年増の女は嘲《あざけ》るように云ったが讓の耳にはそんなことは聞えなかった。彼はその女を突きのけるようにして外へ飛びだした。室《へや》の中から老婆のひいひいと云う笑い声が聞えて来た。

      ※[#ローマ数字「V」、1−13−25]

 讓は日本室《にほんま》のようになった畳を敷き障子《しょうじ》を締めてあった玄関のある方へ往くつもりで、廊下を左の方へ走るように歩いた。間接照明をしたようなぼうとした光が廊下に流れていた。そのぼうとした光の中には鬼魅《きみ》の悪い毒どくしい物の影が射《さ》していた。
 讓は底の知れない不安に駆《か》られながら歩いていた。廊下が室《へや》の壁に往き当ってそれが左右に別れていた。讓はちょ
前へ 次へ
全39ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング