ていると思いながら、花の垂れさがった木の方に眼をやると、廻転機の廻るようにその花がくるくると廻って見えた。
「姉があんなに申しますから、ちょっとおあがりくださいまし」
女が前へ来て立っていた。讓はふさがっていた咽喉《のど》がやっと開《あ》いたような気もちになって女の顔を見たが、頭はぼうとなっていて、なにを考える余裕もないので吸い寄せられるように燈《ひ》のある方へ歩いて往った。歩きながら怖ごわ花の木の方に眼をやって見ると、木は金茶色の花を一めんにつけて静《しずか》に立っていた。
「さあ、どうぞおあがりくださいまし、妹が大変御厄介になりましたそうで、さあ、どうぞ」
讓は何時《いつ》の間にか土間《どま》へ立っていた。背の高い蝋細工《ろうざいく》の人形のような顔をした、黒い数多《たくさん》ある髪を束髪《そくはつ》にした凄いように※[#「女+朱」、第3水準1−15−80]《きれい》な女が、障子《しょうじ》の引手《ひきて》に凭《もた》れるようにして立っていた。
「ありがとうございます、が、今晩はすこし急ぎますから、ここで失礼いたします」
「まあ、そうおっしゃらずに、ちょっとおあがりくださいまし、お茶だけさしあげますから」
「ありがとうございます、が、すこし急ぎますから」
「待っていらっしゃる方がおありでしょうが、ほんのちょっとでよろしゅうございますから」
女は潤《うるお》いのある眼を見せた。讓も笑った。
「ちょっとおあがりくださいまし、何人《たれ》も遠慮のある者はいないのですから」
後《うしろ》に立っていた女が云った。
「そうですか、では、ちょっと失礼しましょうか」
讓はしかたなしに左の手に持っている帽子を右の手に持ち替えてあがるかまえをした。
「さあ、どうぞ」
女は障子《しょうじ》の傍を離れてむこうの方へ歩いた。讓は靴脱《くつぬ》ぎへあがってそれから上へあがった。障子の陰に小間使のような十七八の島田《しまだ》に結《ゆ》うた婢《じょちゅう》が立っていて讓の帽子を執《と》りに来た。讓はそれを無意識に渡しながら女の後《あと》からふらふらと跟《つ》いて往った。
※[#ローマ数字「IV」、1−13−24]
長方形の印度更紗《いんどさらさ》をかけた卓《たく》があってそれに支那風《しなふう》の朱塗《しゅぬり》の大きな椅子《いす》を五六脚置いた室《へや》があった
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