ういってしまった。羅は翩翩から責められるのを懼れていたが、翩翩は平生とかわらない話をして他に何もいわなかった。
 間もなく秋も末になって風が寒くなり、霜がおりて木の棄が落ちてしまった。翩翩はそこで落葉を拾いあつめて寒さを禦《ふせ》ぐ用意をしたが、羅が寒そうに体をすくめているのを見ると、※[#「巾+僕のつくり」、第3水準1−84−12]《ずきん》を持って洞穴の口を飛んでいる白雲をとり、それで綿入れをこしらえてやった。羅がそれを着てみると襦《はだぎ》のように温いうえに、軽くふんわりとしていていつも新らしく綿を入れたようであった。
 翌年になって翩翩は男の児を生んだ。それは慧《りこう》できれいな子供であった。羅は毎日洞穴の中でその子供を弄《いじ》って楽しみとしていたが、その一方ではいつも故郷のことを思っていた。羅はそこで翩翩と一緒に返りたいといいだした。翩翩はいった。
「私は一緒にいくことができないのですから、帰りたいならあなたが一人でお帰りなさい。」
 羅はしかたなしに二、三年そのままにしていた。そのうちに子供がだんだん大きくなったので、とうとう花城の家の子供と許嫁《いいなずけ》をした。羅はいつも叔父が年を寄《と》って困っているだろうと思って気にしていた。翩翩はいった。
「叔父さんは、ひどくお年をとっていらっしゃいますが、しあわせなことには達者ですから、心配しなくってもいいのです。子供が結婚してから、帰るならお帰りなさい。」
 翩翩は洞穴の中で木の葉に文字を書いて子供に読書を教えた。子供は一目見てすぐ覚えてしまった。翩翩はいった。
「この児は福相がありますから、人間の中へやりましょう。大臣にならなくても心配することはありませんよ。」
 間もなく子供は十四になった。花城は自分で女《むすめ》を送って来た。女は華やかに化粧をしていたが、その容光《きりょう》が人を照らすほどであった。羅夫婦はひどく悦んで、一家の者を呼びあつめて酒盛をした。翩翩は釵《かんざし》を扣《たた》いて歌った。
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我に佳児《かじ》有り
貴官《きかん》を羨《うらや》まず
我に佳婦《かふ》有り
綺※[#「糸+丸」、第3水準1−89−90]《きがん》を羨まず
今夕首を聚《あつ》む
皆|当《まさ》に喜歓すべし
君がために酒を行う
君に勧む加餐《かさん》せよ
[#ここで字下げ終わり]
 そのうち
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