南ははっと思った。それは女の眼の周囲に廷章の女に似た処があったがためであった。南を包んでいたふっくらとした心地は消えてしまった。
女は起って榻《ねだい》の上にあがった。南はぼんやりそれを見ていた。女は榻にあがって横になるなり、被《かいまき》を取って顔の上から被った。
南は傍に腰をかけていた。南は強《し》いて新人に歓を求める場合を頭に描きなどして、厭な不吉な追憶を消そうとしたが消えなかった。そのうちに日が暮れかけた。後からきていると言った従者と奩妝《こしらえ》は着かなかった。要人の老人は室の口へ来て南を呼んだ。
「旦那、ちょっといらしてください」
南は要人に声をかけられて夢が覚めたようになって外へ出た。要人は小声で囁くように言った。
「旦那、曹の方の人はこないじゃありませんか、どうしたというのでしょうね」
そう言われてみると従者も奩妝もあまり着くのが遅いのであった。
「どうしたのだろう」
「途でまちがいでもあったのでしょうか」
「そうだなあ、あの女が来たのは、午であったから、もう疾《とう》に着かなくちゃならないが、どうしたのだろう」
「奥様に伺ってみたら、どうでございます」
「そ
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