白い衣服を着た者が叟の言葉に腹をたてていった。
「俺達が厭がっているのに、きさまが喜ぶということがあるか。」
 そこで、
「ちびと二人で、あのきちがいをつかまえて来い。そうでないと椎《つち》を喫《くら》わしてくれるぞ。」
 といった。汪は逃げることはできないと思ったが、しかし畏《おそ》れなかった。汪は刀を持って舟の中に立っていた。と、見ると童と叟が武器を持って追って来た。汪は叟をじっと見た。それは自分の父親であった。汪は早口に、
「お父さん、私はここにいるのです。」
 と叫ぶようにいった。叟はひどく驚いた。二人は顔を見合わして悲しみにたえられなかった。童はそこで逃げていった。叟はいった。
「お前は早くかくれなくちゃいけない。そうでないと皆が死ななくちゃならないぞ。」
 まだその言葉の終らないうちに、三人の者はもう舟にあがって来た。皆顔は漆《うるし》のように黒くて、その睛《ひとみ》は榴《ざくろ》よりも大きかった。怪しい者は叟を攫《つか》んでいこうとした。汪は力を出して奪いかえした。怪しい者は舟をゆりだしたので纜《ともづな》が切れてしまった。汪は刀で黄な衣服を着た者の臂《ひじ》を截《き》
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