《け》ろうじゃないか。」
そこで見ていると童が水の中へ入っていって一つの円い物を取って来た。それは一抱えほどのものであったが、中に水銀でも入れてあるように裏と表が透きとおって見えた。坐っていた者も皆起った。黄な衣服を着た者が叟を呼んで一緒に蹴りだした。そして円い物は一丈あまりも空に飛んでいったが、その光はぎらぎらと輝いて眼さきをくらました。と、不意にどんと遠くの方で蹴りあげた円い物がそれて舟の中へ堕ちて来た。蹴鞠に自信のある汪は自分の技倆をふるいたくて仕方のない時であったから、力を極めて蹴りかえしたが、それは軽いやわらかな不思議な足ざわりのものであった。円い物は十丈あまりも空にあがったが、中から漏れる光が虹のように下に射《さ》した。そして這《は》っていくように落ちていったが、空をかすめてゆく彗星《すいせい》のようで、そのまま水の中へ落ちてしまった。どぶんという水の泡だつ音がそこらから聞えて来た。三人の者は皆怒った。
「何者だ、あの人間は。俺達の清興《あそび》を敗ったのは。」
すると叟《としより》は笑っていった。
「いい、いい。あれは私の家でやる流星拐《りゅうせいかい》の手だよ。」
白い衣服を着た者が叟の言葉に腹をたてていった。
「俺達が厭がっているのに、きさまが喜ぶということがあるか。」
そこで、
「ちびと二人で、あのきちがいをつかまえて来い。そうでないと椎《つち》を喫《くら》わしてくれるぞ。」
といった。汪は逃げることはできないと思ったが、しかし畏《おそ》れなかった。汪は刀を持って舟の中に立っていた。と、見ると童と叟が武器を持って追って来た。汪は叟をじっと見た。それは自分の父親であった。汪は早口に、
「お父さん、私はここにいるのです。」
と叫ぶようにいった。叟はひどく驚いた。二人は顔を見合わして悲しみにたえられなかった。童はそこで逃げていった。叟はいった。
「お前は早くかくれなくちゃいけない。そうでないと皆が死ななくちゃならないぞ。」
まだその言葉の終らないうちに、三人の者はもう舟にあがって来た。皆顔は漆《うるし》のように黒くて、その睛《ひとみ》は榴《ざくろ》よりも大きかった。怪しい者は叟を攫《つか》んでいこうとした。汪は力を出して奪いかえした。怪しい者は舟をゆりだしたので纜《ともづな》が切れてしまった。汪は刀で黄な衣服を着た者の臂《ひじ》を截《き》
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