「ありゃ鷲じゃのうて、熊鷹と云うじゃないか」
「ありゃ、なしじゃよ」
「なしという鳥があるかよ」
「いや、はなしじゃよ」
冗談を云ったのは北隣の老人であった。その鷲の噂があってから数日して、私達をおびえさした事件が起った。それは昼間寝かしてあった清導寺の嬰児《あかんぼ》が寺の傍の野雪隠《のぜっちん》の中に落ちて死んでいたと云う事件であった。そして、嬰児にさしてあった襁褓《おしめ》が庭の梅の木の枝にかかっていたと云って、嬰児は鷲に掴まれたと云うことになった。
「ありゃあ、どうしても鷲じゃ」
「さんでんの上を飛びよった鷲じゃよ」
「熊鷹でも小供位は掴む」
「小供が怖い、これから小供に気を注《つ》けんといかん」
「ありゃあ、お寺の坊主の力がたらんからじゃ」
「力のある坊主を伴《つ》れて来にゃあいかん」
「ありゃあ見せしめじゃ」
村は暫く寺の嬰児《あかんぼ》の死んだ噂で持ちきっていたが、それも何時の間にか忘れられてしまった。その嬰児の死んだ噂の消えた時分のこと、それは事件の起った時からどれ位時間の隔たりがあったか判らないが、某日《あるひ》の夕方、私は二三人の少年仲間とすぐ近くの畳屋と云う家の庭で遊んでいた。其処は代々畳屋をやっていたが、肥った白|痘痕《あばた》のある其処の主人が歿くなるとともに商売をよして、その比は老婆と年とった娘が何もせずにいた。私たちはその畳屋の庭で、木の枝の削ったのを地べたに打ち込んで執りっこをする根っ木というのをしていたところで、堀内と云う村の巡査がつかつかと入って来て、私達の傍を通って表座敷の縁側の方へ往ったが、私達は根っ木に気をとられていたのでべつに注意もせずにいると、不意に表座敷の方で獣の吠えるような鬼魅の悪い怒りたった人声がする間もなく、障子のばたばたと倒れる音がした。私達は驚いて根っ木をやめた。畳屋の表座敷を借りて祈祷などをしていた総髪にした山伏と巡査が組みあったままで縁側に出たところであったが、間もなく二人の体は庭におりてくると黒い渦を巻いた。
山伏の獣の吠えるような怒声は一層私たちをはらはらさした。その私達のはらはらしている前を巡査は両手を後手に縛った山伏を引きたてて往ったが、その山伏の蒼白い口髯の濃い口元に血がにじんでいたので、鬼魅が悪くなって顔をそむけている間に、もう巡査は山伏を引きたてて入口の掘立門を出て往った。
「山伏が
前へ
次へ
全5ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング