私もお相伴《しょうばん》いたします」
 章はお辞儀をした。乳母は一人でまた出て往って料理をたべる器を持ってきた。そして三人で卓に向った。
「さあ、何もございませんが」
 乳母は章の盃に酒を充した。
「お嬢さんも、自個《じぶん》でおあがりなさいまし」
 女は無邪気に鉢の肉を取って喫《く》いはじめた。章はその無邪気な容《さま》を見ないようにして見ていた。乳母も二人が食事をはじめたのを見ると、自個でも肉に手をつけた。
 章はまた乳母の方へ眼をやった。女が無邪気であるように乳母も無邪気であった。とてもこんなことは村の女の間では見られないと思った。
「さあ、どうぞ、おあがりくださいまし、私達も遠慮なしにいただいております」
 乳母は時どきこんなことを言った。
 章はさっきから無邪気な女の口もとを見ていた。女は食物に気をとられていて章のそうしている容が判らないようなふうであった。
「お嬢さん、お客さんにも、お愛想《あいそ》をなさるものですよ」
 乳母はこう言って注意すると、女は気が注《つ》いたように章の方を見て、顔を赤くして箸を置いた。
「お嬢さんはほんとにねんねえでございますからね、でも考えてみますと、お嬢さんはお気の毒でございますよ、旦那様は立派な方でございましたが、都合があってお嬢さんが生れたばかりの時、この山へお入りになりましたが、間もなく旦那様も奥様もお嬢様を残して、お歿《な》くなりになりましたから、私がこうして一人でお世話をしております」
 乳母はしんみりとした態度になって言いはじめた。
「お嬢さんは、もう十七でございますから、よい処がございますなら、嫁《かた》づけたいと思います、そうなれば、私の重荷もおりますが、女の手では、思うようにならないで困っております、ほんとにそういう場合には、何人かしっかりした男のお友達が欲しいと思います」
 章は乳母が永い間の労苦に同情の眼を向けた。若い彼は酒のために非常に感情的になっていた。
「そうですか、それはたいへんでしたね」
「なに、私もおよばずながら、旦那様と奥様に、御恩報じをいたしたいと思うてやっておることでございますから、苦しいとも何とも思いませんが、時たま、女ばかしでは困るので、貴方のような、若いしっかりしたお友達があるならいいがと、思うことがあります、どうかこれを御縁に、これからお友達になってくださいまし」
「私でかま
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