ってくれ。もしとがめがあるなら、僕が身をすてて、それを受けよう。」
賓娘はそこで喜んで、喬と連城について出た。喬は道が遠くて賓娘に侶《つれ》のないのを心配した。賓娘はいった。
「私は、あなたについてゆきます。帰りたくはないのです。」
喬はいった。
「君はばかだよ。帰らなくてどうして生きかえることができる。僕が他日《さき》で湖南にゆくから、その時逃げないようにするがいい。機嫌よくね。」
ちょうど二人の老婆が地獄の文書を持って長沙にゆこうとしていた。喬はそれに賓娘を頼んだ。賓娘は泣いて別れていった。喬と連城は二人で帰りかけたが、連城の足が遅くて、すこしいくとすぐ休んだ。およそ十回あまりも休んだところで、やっと村の入口の門が見えた。連城はいった。
「生きかえって後に、また約束をやぶるようなことがあってはいけないです。どうか私のむくろ[#「むくろ」に傍点]を取って来てください。私はあなたの家で生きかえります。私はすこしも悔《うら》むことがないのです。」
喬はそれをもっともなことだと思ったので、一結に自分の家へ帰っていったが、連城は心配して歩くことができないふうがあった。喬は足をとめて待ち待ちした。連城はいった。
「私はここへ来るまでに、手足がふらふらして、すがる所がないようでした。私は自分の望みがとげられないじゃないかと思うのです。このうえにもよく考えておこうじゃありませんか。そうしないと生きかえって後に、自由になれないのですから。」
そこで二人は伴《つ》れだって廂《ひさし》の中へ入ったが、しばらくして連城は笑っていった。
「あなたは私が憎いのですか。」
喬は驚いてその故《わけ》を訊いた。連城は顔をぽっと赧《あか》くしていった。
「ことが諧《ととの》わなくて、再びあなたに負《そむ》くようなことがあってはと思います。私は先ず魂を以て報《むく》いたいと思います。」
喬は喜んで歓恋《かんれん》のかぎりを尽した。で、そこにさまようていてすぐは出なかった。そして三日も廂の中にいた連城は、
「諺にも醜婦総て須《すべから》く姑障《こしょう》を見るべしということがあります。ここにそっとしているのは、将来のはかりごとじゃないのです。」
といって、そこで喬を促して入っていかした。そして喬はわずかに死骸を置いてある室へ入るなり、からりと生きかえった。家の者は驚いて水を飲ました。喬はそこで人をやって孝廉に来てもらって、連城の死骸をもらいたいといって、
「私がきっと生きかえらします。」
といった。孝廉はその言葉に従って、連城の死骸を舁《かつ》がせて来たが、その室に入ったところを見ると、もう生きかえっていた。連城は父を見ていった。
「私は、もう、この身を喬さんにまかせてあるのです。もう家へ帰っていくわけはありません。もし、それを変えるなら私は死んでしまいます。」
孝廉は帰って婢《じょちゅう》をやって連城にかしずかした。王はそれを聞いて訴え出た。官吏は賄賂を受けて裁判を王の勝にした。喬は憤って死のうとしたが、どうすることもできなかった。
連城は王の家へいったが、忿《いか》って飲食をしないで、ただ早く死なしてくれといった。室に人のいないのを見ると梁《はり》の上に紐をかけて死のうとした。そして翌日になってますますつかれ、殆《ほと》んど息が絶えそうになった。王は懼《おそ》れて、送って孝廉の許に帰した。孝廉はまたそれを舁がして喬の許へ帰した。王の方ではそれを知ったけれども如何《いかん》ともすることができなかった。そこでとうとう連城も心が安まるようになった。
連城は起きてから、いつも賓娘のことを念《おも》って、使をやって探らそうとしたが、道が遠いのでいくことができなかった。ある日、家の者が入って来て、
「門口へ車が来ました。」
といった。喬夫婦が出て見ると、それは賓娘で、もう庭の中へ入って来ていた。三人は相見て悲喜こもごも至るというありさまであった。それは賓娘の父の史太守が自分で女を送って来たところであった。喬は大守を室に通した。大守は、
「うちの子供は、君によって生きかえったから、どうしても他へいかないというので、その言葉に従って伴《つ》れて来た。」
といった。喬は礼をいった。そこへ孝廉がまた来て、親類としてのあいさつをした。喬は名は年《ねん》、字《あざな》は大年《たいねん》というのであった。
底本:「聊斎志異」明徳出版社
1997(平成9)年4月30日初版発行
底本の親本:「支那文学大観 第十二巻(聊斎志異)」支那文学大観刊行会
1926(大正15)年3月発行
入力:門田裕志
校正:松永正敏
2007年8月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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