媼にいった。
「士は己を知る者のために死す。色のためじゃないのです。どうも連城さんは、ほんとうに私を知ってくれないです。ほんとうに私を知っててくれるなら、結婚しなくてもかまわないです。」
 媼はそこで連城にかわって、たしかに喬を思っているということをいった。喬はいった。
「ほんとにそうなら、今度逢った時、笑ってもらいたいです。そうしてくれるなら僕は死んでも憾《うら》みがないのです。」
 媼は帰っていった。それから数日してのことであった。たまたま喬が外出していると、連城が叔《おじ》の家へいっていて帰って来るのにいき遇った。喬はそこで連城の顔をきっと見た。連城はながし目をして振りかえりながら白い歯を見せて嫣然《にっ》とした。喬はひどく喜んでいった。
「連城はほんとに自分を知ってくれている。」
 ある時孝廉の家へ王が来て結婚の期日のことを相談した。連城はその時から前の病気が再発して、二、三ヵ月して死んでしまった。喬は孝廉の家へいって、連城を弔《とむら》ってひどく悲しむと共にそのまま息が絶えてしまった。孝廉はそれを舁《かつ》がして喬の家へ送りとどけさした。
 喬は自分でもう死んだことを知ったが悲しいことはなかった。村を出て歩きながらも一度連城を見たいと思った。遥かに目をやると西北の方に一つの道があって、たくさんの人が蟻のようにいっているのが見えた。そこで喬はその方へいってその人達の中に交って歩いた。
 不意に一つの官署へ来た。喬はその中へ入っていった。そこに顧《こ》生がいてばったりいきあった。顧は驚いて訊《き》いた。
「君はどうしてここへ来たのだ。」
 そこで顧は喬の手を把《と》って送って帰そうとした。喬は太い息をして、心にあることをいおうとしていると、顧がいった。
「僕はここで文書をつかさどってるが、ひどく信用されているのだ。もし僕がしていいことがあるなら、なんでもするよ。」
 喬は連城のことを訊いた。顧はそこで喬を伴《つ》れてあっちへ廻りこっちへ廻りしていった。連城が白衣を着た一人の女と目のふちを青黒く泣き脹らして廊下の隅に坐っていた。連城は喬の来るのを見ると、にわかに起ちあがってひどく喜んだふうで、
「どうしてここへいらしたのです。」
 といった。喬はいった。
「あなたが死んだのに、僕がどうして生きていれられるのです。」
 連城は泣いた。
「すみません。私を棄《す》てないで、私に殉《じゅん》じてくださるとは、あなたは何という義に厚い方でしょう。しかし、今世ではどうすることもできないのですから、どうか来世をちかってください。」
 喬は顧の方を見ていった。
「君は仕事があるだろうからいってくれたまえ。僕は死ぬるのが楽しみで、生きたいとは思わないから。ただ君に頼みたいのは、連城が来世にどこへ生れるということと、僕もゆくゆくそこへいけるようにしてもらいたいことだけだ。」
 顧は承知していってしまった。白衣を着ている女は、連城に喬のことを訊いた。
「この方は、どうした方です。」
 そこで連城は喬のことを精しく話した。女はそれを聞いていかにも悲しくてたまらないという容《さま》をした。連城は喬にいった。
「この方は私と同姓で、賓娘《ひんじょう》さんというのです。長沙の史太守《したいしゅ》の女《むすめ》さんです。来る時|路《みち》が一緒でしたから、とうとう二人でこうして仲好くしているのです。」
 喬は女の方をきっと見たが、そのさまがいかにもいたわしかったから、そこで精《くわ》しく女の身の上を訊こうとしていると、顧がもう引返して来た。顧は喬に向っていった。
「僕が君のために、いいようにして来た。それから連城の方も君と一緒に魂を返すことにしたのだが、どうだね。」
 喬と連城とは喜んで、顧を拝んで別れようとした。賓娘は大声をあげて泣いた。
「姉さんがいって、私はどこへいくのです。どうか私もたすけてください。私は姉さんの侍女になるのですから。」
 連城は女がいたましかったが、どうすることもできなかった。連城はそこで喬に相談をした。喬はまた顧に頼んだ。顧はとてもできないときっぱりいいきった。喬は強いてそれを頼んだ。そこで顧は、
「それじゃ、せんぎをしてみよう。」
 といっていってしまったが、食事する位の時間をおいて返って来て、手をふっていった。
「これは、もう、どうにもしょうがないのだ。」
 賓娘はそれを聞くとあまえるように泣いて、連城の肘《て》にすがり、連城にいかれるのを恐れるのであった。それは惨憺《さんたん》たるものであったが、他にどうすることもできないので、顔を見合わしたままで黙っていた。しかも女の悲しそうな顔といたましい姿《すがた》とは、人をしてその肺腑を苦しましめるものがあった。顧は憤然《ふんぜん》としていった。
「どうか、賓娘を伴《つ》れてい
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