ある。ただ西王母《せいおうぼ》の園《はたけ》の中は、一年中草木が凋《しぼ》まないから、もしかするとあるだろう。天上から窃《ぬす》むがいいや。」
 そこで子供がいった。
「天へ階《はしご》をかけて昇っていくの。」
 彼の男がいった。
「それは俺に術があるよ。」
 そこで笥《はこ》を啓《あ》けて一束の縄を出したが、その長さは二、三十丈もあった。彼の男はその端を持って、空中へ向って投げた。と、縄は物があってかけたように空中にかかったので、手許にある分を順順に投げあげると縄は高く高く昇《のぼ》っていって、その端は雲の中へ入った。それと共に手に持っていた縄もなくなった。そこで子供を呼んでいった。
「来な。俺は年寄で、体が重いからいけない。お前がいって来な。」
 とうとう縄を子供に持たして、
「これから登っていきな。」
 といった。子供は縄を持って困ったような所作をして、そして父親を怨むようにいった。
「お父さんは、あまり物がわからないや。こんな一本の縄でどうして天へ登れる。もし道中で切れでもしたら、骨も肉もみじんになるのだよ。」
 彼の男は無理に昇らそうとしていった。
「俺がつい口をすべらして、引きうけたから、もう後悔してもおッつかない。いってくれ。もし、桃を窃んで来たなら、きっと百円、金を出して、それで佳《い》い女を買ってお前の嫁にしてやる。」
 子供はそこで縄を登っていった。それはちょうど蛛《くも》が糸を伝わっていくようであった。そしてだんだん雲の中へ登っていって見えないようになった。
 暫くして空から一つの桃が墜《お》ちて来た。それは※[#「怨」の「心」に代えて「皿」、第3水準1−88−72]《わん》よりも大きなものであった。彼の男は喜んで、それを堂の上の官人にたてまつった。官人は順順にそれを見たが、それは真《ほんとう》の桃であるかないかをしらべるようなさまであった。と、忽《たちま》ち縄が空から落ちて来た。彼の男は驚いて叫んだ。
「あぶない。天に人がいて、縄を断《き》ったのだ。悴《せがれ》がたいへんだ。」
 暫くして空から物が堕《お》ちて来た。それは子供の首であった。彼の男は首を抱きかかえて泣いていった。
「これは、きっと、桃を偸《ぬす》んでいて、番人に見つかったのだ。」
 また暫くして一つの足が落ちて来たが、それにつづいて手も胴も体もばらばらと堕ちて来た。
 彼の男は
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