に立っているのを見たので、其の日中村座へ往って其の事を話した。
小屋の者はそれを菊五郎に話した。幽霊の衣裳を考案していた菊五郎は、早速蔦芳を自宅へ呼んで、今度出たら着附を良く見ておいて知らしてくれ、骨折賃を二両出そうと云った。其の時の二両は可成な金であるから、蔦芳は喜んで幽霊の出現を待っていた。
すると中村座の初日の二日前の夜、其の幽霊が蔦芳の臥《ね》ている部屋へぬう[#「ぬう」に傍点]と現れた。蔦芳はしめたと思って能《よ》く見た。二十四五の壮い男で、衣服《きもの》は浅黄木綿《あさぎもめん》の三つ柏《かしわ》の単衣《ひとえ》であった。蔦芳は夜の明けるのを待ちかねて、菊五郎の許《もと》へ駆けつけた。菊五郎はそこで小平の衣裳を浅黄木綿|石持《こくもち》の着附にして、其の演戯《しばい》に出たので好評を博《はく》した。
蔦芳の見た幽霊は、蔦芳が後で調べてみると、其処の女郎屋の壮佼《わかいしゅ》であった。其の壮佼の徳蔵《とくぞう》と云うのは、病気の親に送る金に困って客の金を一|歩《ぶ》盗んだ。因業者《いんごうもの》で通っていた主翁《ていしゅ》は、それを突き出したので徳蔵は牢屋に入れられ、其のうちに病死したが、其の徳蔵が曳《ひ》かれて往く時着ていた衣服は、店の妓《おんな》がやった浅黄木綿三つ柏の単衣であった。[#地付き](悟道軒円玉《ごどうけんえんぎょく》氏談)
底本:「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日第1刷発行
底本の親本:「新怪談集 物語篇」改造社
1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年8月20日作成
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