《ていこしん》という者のために拉殺《らつさつ》せられた。
 ある時、一人の船頭があって蘇※[#「こざとへん+是」、第3水準1−93−60]《そてい》に舟がかりをしていた。夏の暑い盛りで睡られないので、起きあがって窓の所に顔をやり、見るともなしに舟の著いている磧《かわら》の水際の方へ眼をやった。尺に足りないような不思議な人間が三人いた。船頭は眼を瞠ってそれを覗いていた。するとそのうちの一人の声がした。
「張公が来た、どうしたらいいだろう」
 すると他の声が言った。
「賈平章《こへいしょう》は、仁者でないから、どうしても恕《ゆる》してくれないよ」
 すると、また他の違った声がした。
「乃公《おれ》はもう万事休すだ、お前さん達は、乃公のやられるのを見るだろう」
 隠々と泣く声が聞えてきたが、やがて三人の者は水の中へ入って往った。
 その翌日、漁師の張公という男が、蘇※[#「こざとへん+是」、第3水準1−93−60]で一疋の※[#「敝/龜」、282−3]《すっぽん》を獲ったが径《さしわたし》二尺あまりもあった。漁師はそれを秋壑の第《やしき》に持って往って売った。秋壑の失敗はそれから三年にならないうちに作《な》った。
 少女はそれからそれと秋壑のことを話した。趙源はその話を聞いた時にこんなことを言った。
「人はそれぞれ数がある、あなたとこうしておっても、その数が尽きると別れなくちゃならない、それともあなたには、普通の人でないから、最後まで私といっしょにおることができますか」
「私でも、その数を逃れることはできません、三年すれば、私の数も尽きます」
 少女はこう言って悲しそうな顔をした。
 三年すると女は体が悪いと言って床に就いた。源は医者にかけてよいものならかけたいと思ったが、女は承知をしなかった。
「もうあなたとの縁がつきて、お別れする時になりましたから」
 女は源の臂《ひじ》を握った。
「ながなが御厄介をかけました、私はこれで前世の思いを果しましたから、思い残すことはありません、これでお別れいたします」
 女は顔を壁の方に向けたままで歿《な》くなってしまった。源は棺桶を買ってきて泣き泣き女の死骸を中に納めて送り出そうとしたが、棺は空の時の重さと少しも変らなかった。不思議に思って蓋を開けてみた。中には衣衾釵珥《いきんさいじ》があるのみであった。
 源はやがてそれを北山の麓に葬ったが、女の情に感じて他から娶《めと》ろうともせずに独りでいた。そのうちに霊隠寺に入って僧となってしまった。



底本:「中国の怪談(一)」河出文庫、河出書房新社
   1987(昭和62)年5月6日初版発行
底本の親本:「支那怪談全集」桃源社
   1970(昭和45)年発行
※疑問箇所の確認にあたっては、底本の親本を参照しました。
※「※[#「敝/龜」、282−3]」には、底本の親本では、「鼈」があててあります。
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年11月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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