なりましょう」
「あなたは、おひとりね」
源の手端《てさき》に少女の細《ほっ》そりとした手が触れた。
「ひとりですよ、寄っていらっしゃい」
源は少女の手を軽く握った。少女は心持ち顔を赤くしたようであったが、振り払おうともしなかった。
「いいでしょう、ちょっと寄っていらっしゃい」
源は少女の手を引いた。少女は逆らわずに寄ってきた。
源は少女をいたわるようにして家の中へ入って往った。狭い家の中には、出る時に点《つ》けた燈が燃えていた。源は少女を自分の傍へ坐らせた。
「何人《たれ》も遠慮する者がありませんから、自由にしていらっしゃい」
少女は始終笑顔をして源を見ていた。
「あなたは、お隣の方だと言いましたね、何方です」
「今に判りますよ」
「さあ、どこだろう」
源はわざと仰山《ぎょうさん》に言って考えるような容《ふう》をして見せた。
「あなたは、夕方になると、いつもこの前を通っているようですが、どちらか往く所がありますか」
「別に往く所はありませんが、夕方がくると、淋しいから、歩いてるのよ」
「では、今晩は、二人でゆっくり話そうじゃありませんか」
少女はその晩、源のもとに一泊して朝になって帰って往ったが、それをはじめに夜になるときっと来て泊って往った。源は女が名も住所も言わないので、それを聞きたかった。
「あなたは所も言わなければ、名も言わないが、何という名です」
ある晩、源がそう言って訊くと、少女は、
「さあ、何という名でしょう」
と言って笑ったが、やはり名は言わなかった。
「いいでしょう、こうした関係になってるじゃないか、名を言ったっていいでしょう」
「そのうちには、あなたが厭だと思っても、わかる時がありますよ、わざわざ訊かないたっていいでしょう」
「しかし、名ぐらいは訊きたいじゃないか、聞かしてくれてもいいでしょう」
「若い奥様ができたと思ってくださりゃいいじゃないの、それでも、しいて名が聞きたいなら、私はいつも、この緑の衣《きもの》を着ているでしょう[#「いるでしょう」は底本では「いでしょう」]」
と、片手を胸にやって、その辺《ほとり》をちょっと撫でて見せながら、
「緑衣人《りょくいじん》とでも言ってくださいよ」
こう言って少女は面白そうに笑った。源もつり込まれて大声に笑った。
「では、緑衣人としておこう、名は、まあ、それでいいとして、所を聞
前へ
次へ
全7ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング