》って墨を含まし、一方の手に紙を持って、何かそろそろと書きはじめる。葉生はそれをじろじろ見ながらまた新らしい淡巴菰を詰めて喫《の》みだす。
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蒲留仙 面白い話だ。
葉生 その話はちょっと面白いでしょう。
蒲留仙 面白い、面白い、あれも、これも面白い。
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蒲留仙は頻《しき》りにうなずきながら筆を動かしている。葉生は黙って淡巴菰を喫みながらそれを見ている。
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蒲留仙 面白い、面白い。
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葉生は吸殻《すいがら》を吹きだして、かちりと音をさして煙管を置く。
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葉生 先生、今日はこれで失礼します、すこし急ぎますから。【と、起ちあがって、その時顔をあげた蒲留仙にちょっと会釈してから、はじめに来た方へ歩きながら】また、明日でもいい話を持って来ます。
蒲留仙 ああ、また頼むよ。
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蒲留仙はそのまままた俯向《うつむ》いて筆を動かしている。
李希梅がそこへ静かに入って来る。
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李希梅 先生。
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蒲留仙はうっとりした眼をあげる。李希梅はそれに向ってうやうやしく話をする。
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蒲留仙 李君か、よく来た、まァ掛けたまえ。
李希梅 はい。
蒲留仙 茶はどうだね、あげようかね。
李希梅 あとでいただきます、ほしくはありませんから。
蒲留仙 では淡巴菰は。
李希梅 は、今は、何もほしくはありませんから、あとでまた。
蒲留仙 では、まァ掛けたまえ。
李希梅 はい。【蒲留仙の左側へいって腰を掛けながら】先生、今、葉生が来ていたのでしょう。
蒲留仙 来ていたよ、【と、筆を置き、紙を巻いてそれも硯の側に置いて】逢ったかね。
李希梅 逢いました。今日は、あの男、どんな話をしていったのです。
蒲留仙 いや面白い話をしていったよ。
李希梅 今、世説にある話をしやしなかったのですか。
蒲留仙 どうして、君は、それを知ってるかね[#「知ってるかね」は底本では「知つてるかね」]、【笑い顔を
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