わた》を中へ納めて創口を合わせ、その後で足を包む布で朱の腹から腰のあたりを繃帯して手術を終ったが、榻の上を見ても血の痕《あと》はなかった。朱は僅かに腹のあたりが麻《しび》れるばかりであった。ふと見ると陸の置いた肉塊が案の上にあった。朱は怪しんで、
「それはなんだろう」
と言って聞いた。陸は、
「それは君の心だよ、君の文章の拙いのは、君の心の毛穴が塞っているためだから、冥途に在る幾千万の心の中から、佳いのを一つ選びだして、君のために易《か》えたからね」
と言って起ちあがり、扉を閉めて出て往った。朝になって朱は布を解いて見た。創口の縫い目はぴったりと合って糸筋のような赤い痕が残っていた。
その時から朱の文章が非常に進んで、眼にふれたものは忘れないようになった。数日して朱はまた文章を作って陸に見せた。陸は言った。
「いい、この文章ならいい、だが、君は福が薄いから、大いに名を顕《あらわ》すことはできないが、郷科にはとおるよ」
郷科とは郷試で、各省で行う試験であった。そこで朱は問うた。
「それはいつあるだろう」
陸は言った。
「今年あるよ、君はそれに優等で及第するよ」
間もなく郷試が
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