、第4水準2−91−59]というのであった。朱はそこで官吏になる心がなくなってしまった。
 それから三十年の歳月が経った。ある夜陸が来て、
「君の寿命ももう永くないよ」
 と言った。そこで朱がその期間を問うた。
「いつ死ぬだろう」
「もう五日しかないよ」
 それには朱も驚いた。
「救うてくれるわけにはいかないかね」
 陸は言った。
「それは天の命ずるところだから、人間はどうすることもできないよ、それに達人から見ると、生死は一つじゃないか、生を楽しいとすることもなければ、死を悲しいとすることもない」
 朱はなるほどとさとった。そこで葬儀の用意をして、それが終ったので盛装して死んで往った。翌日細君が柩《ひつぎ》にとりすがって泣いていると、朱が冉々《ぜんぜん》として外から入って来た。細君は懼れた。朱は言った。
「わしは、あの世の人であるが、生きていた時とすこしもかわらない、寡婦になったお前と小児《こども》のことを思うとなつかしくてたまらないからやってきたのだ」
 細君はそれを聞くと一層悲しくなって慟哭した。その涙が胸まで流れた。朱は依々として慰めた。
 細君が言った。
「昔から還魂ということ
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