が歿《な》くなったので、十九になっても、まだ嫁入しなかった。それが上元の日に十王殿に参詣したが、その日は参詣者が非常に多くて雑沓していた。そのとき一人の悪漢があって、呉侍御の女の美しいのを見て、そっと所を聞いておいて、夜になって梯《はしご》をかけて忍びこんだ。そして寝室に穴を開けて入り、一人の婢を榻の下で殺して女に逼《せま》った。女は悪漢の自由にならずに大声をたてて力いっぱいに抵抗した。悪漢は怒《いか》って女の頭を切り落して逃げた。女の母の呉夫人が、隣の室のさわぎを微かに聞きつけて、婢を呼んで見に往かした。婢は女の死骸を見て気絶した。そこで大騒ぎになって家の者が皆起き、女の死骸を表座敷に移して、その頭を合わせるようにして置き、皆で泣きながら終夜ごたごたと騒いだ。
朝になって女の死骸にかけた衾《ふとん》を開けてみると頭がなくなっていた。呉侍御は怒って侍女達を鞭でたたいてせめた。
「きさま達の番のしかたが悪いから、犬に喰われたのだ」
呉侍御は郡守に訴えた。郡守は日を限って賊を探したが、三箇月しても捕えることができなかった。そのときになって朱の家の細君の頭の換ったことを呉侍御にいう者があった。呉侍御は不審に思って、媼《ばあや》を朱の家ヘやって探らした。媼は朱の家へ往って細君の顔を一眼見て、駭いて帰ってきて呉侍御に告げた。呉侍御は女の死骸が依然としてあるのに、頭だけが生きていて他人の細君の頭とかわるというようなことはあるべきはずのものでないと思ったが、しかし朱が怪しい術を行う者であって、自分の女を殺したかもわからないと疑えば疑われないこともないので、自分から出かけて往って朱に詰問した。
「お前が殺して左道《さどう》へかえたものだろう」
朱は言った。
「妻は睡っていてかえられたものです、実に不思議ですが、その理由がわからないのです、僕が殺したというのは冤罪《えんざい》です」
呉侍御は朱の言葉を信《まこと》にできないので訴えた。郡守は朱の家の者を捕えて詮議をしたが、皆朱の言ったと同じ申立てであるから、どうすることもできなかった。朱は郡守の許《もと》から帰って陸に謀《はかりごと》を問うた。
「どうしたらいいだろう」
陸は言った。
「なんでもないよ、呉侍御の女に言わしたらいいよ」
その夜呉侍御の夢に女があらわれて、
「私を殺したのは、蘇渓《そけい》の揚大年《ようたいねん》という悪党ですよ、朱孝廉《しゅこうれん》の知ったことではありません、ただ朱孝廉の妻が美しくないから、陸判官が私の頭と取っかえたまでです、それに私は体は死にましても、頭が生きておりますから、どうか朱孝廉を仇にしないようにしてください」
と言った。夢が醒めて呉侍御がそれを夫人に話すと、夫人もやはりそれと同じ夢を見ていた。そこで呉侍御は女を殺した悪人のことを官に告げた。官で人をやって詮議をさすと果して揚大年という者がいたので、捕えて枷《かせ》を入れて詮議をしてみると罪状を白状した。呉侍御はそこで更《あらた》めて朱の家へ往って、夫人に逢わしてくれと言って朱の細君に逢ったが、そんなことから朱を自分の婿とした。そして朱の細君の頭を女の死骸に合わせて葬った。
朱は後に三たび礼※[#「門<韋」、第4水準2−91−59]《れいい》に応じたが、試験場の規則に合わなかったので試験を受けることができなかった。礼※[#「門<韋」、第4水準2−91−59]とは礼部の試のことで、各省の挙人、即ち郷試の及第者を京師《けいし》に集めて挙行するいわゆる科挙のことであるが、それは礼部で掌っているから礼※[#「門<韋」、第4水準2−91−59]というのであった。朱はそこで官吏になる心がなくなってしまった。
それから三十年の歳月が経った。ある夜陸が来て、
「君の寿命ももう永くないよ」
と言った。そこで朱がその期間を問うた。
「いつ死ぬだろう」
「もう五日しかないよ」
それには朱も驚いた。
「救うてくれるわけにはいかないかね」
陸は言った。
「それは天の命ずるところだから、人間はどうすることもできないよ、それに達人から見ると、生死は一つじゃないか、生を楽しいとすることもなければ、死を悲しいとすることもない」
朱はなるほどとさとった。そこで葬儀の用意をして、それが終ったので盛装して死んで往った。翌日細君が柩《ひつぎ》にとりすがって泣いていると、朱が冉々《ぜんぜん》として外から入って来た。細君は懼れた。朱は言った。
「わしは、あの世の人であるが、生きていた時とすこしもかわらない、寡婦になったお前と小児《こども》のことを思うとなつかしくてたまらないからやってきたのだ」
細君はそれを聞くと一層悲しくなって慟哭した。その涙が胸まで流れた。朱は依々として慰めた。
細君が言った。
「昔から還魂ということ
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