りて左側の道にうずくまった。朱は輿を停めて、
「お前が官について評判が好いので、わしも安心しているぞ」
 と言った。緯はうずくまったなりに起きなかった。朱は車をうながして往ってしまったが、すこし往って振りかえり、佩《お》びていた刀を解いて人に持たしてよこし、遥かに緯に向って、
「その刀を持っていると出世するぞ」
 と言った。緯が追って往こうとすると、朱の一行の車も人もひらひらと風のように動いて、みるみる見えなくなってしまった。緯は痛恨やや久しゅうして刀を抜いて見た。それは精巧な刀であったが、一行の文字を鐫《ほ》ってあった。それは胆欲[#レ]大而心欲[#レ]小、知欲[#レ]円而行欲[#レ]方というのであった。
 緯は後、官が司馬となって五人の小児を生んだ。それは沈《ちん》、潜《せん》、※[#「吻」の「口」に代えて「さんずい」、第4水準2−78−29]《ぶつ》、渾《こん》、深《しん》の五人であった。ある夜、渾の夢に父がきて、
「佩刀を渾に贈れ」
 と言った。緯は父の言葉に従って渾に贈った。渾は後に都御史になって政治に功績があった。



底本:「中国の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
   1987(昭和62)年8月8日初版発行
底本の親本:「支那怪談全集」桃源社
   1970(昭和45)年発行
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年9月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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