ら》いことになったものだ」
 李幕事は朝になるのを待ちかねて、許宣の置いて往った金を持って臨安府へ往った。府では韓大尹《かんたいいん》が李幕事の出訴を聞いて、銀を一見したところで、確かに盗まれた銀錠であるから、時を移さず捕卒をやって許宣を捉えさせ、それを庁前に引据えて詮議をした。
「李幕事の訴えによって、その方が邵大尉の庫の中の金を盗んだ盗賊と定まった、後の四十九錠の金はどこへ隠した、包まずに白状するがよかろう」
 捕卒がふみこんできた時から、もう気が転動して物の判別を失っていた許宣は、邵大尉庫中の盗賊と言われて、はじめて自分に重大な嫌疑のかかっていることを悟った。
「私は、決して、人の物を盗むような者ではありません、それは人違いです」
 許宣は一生懸命になって分弁《いいわけ》をした。
「いつわるな、その方が邵大尉の庫の中から金を盗んだということは、その方が姐に預けた、五十両の金が証拠だ、あの金はどこにあったのじゃ」
「あの金は、荐橋《そんきょう》の双茶坊《そうさぼう》の秀王墻《しゅうおうしょう》対面《たいめん》に住んでおります、白という女からもらいました」
 許宣はそこで白娘子と近づきになったことから、結婚の約束をするようになったいきさつを精《くわ》しく話した。その許宣の詞《ことば》には詐りもないようであるから、韓大尹は捕卒をやって白娘子を捉えさした。
 捕卒は縄つきのままで許宣を道案内にして双茶坊へ往って、秀王墻の前になって高い墻《へい》に囲まれた黒い楼房《にかいや》の前へ往った。それはもう古い古い家で、人が住んでいそうには思われなかった。許宣は不思議に思って眼を瞠っていた。捕卒の一人は隣家へ走って往ってその家の事情を聞いてきた。それは毛巡検《もうじゅんけん》という者の住んでいた家で、五六年前に瘟疫《はやりやまい》で一家の者が死に絶えて、今では住んでいる者はないはずであるが、それでも時どき童子《こども》が出てきて東西《もの》を買うのを見たことがあるから、何人かが住んでいるだろうが、しかし、この地方には白という姓の者はないという事であった。
 捕卒は家の前へ立って手筈を定め、門を開いて入って往った。扉はなくなり簷《のき》は傾き、磚《しきがわら》の間からは草が生え茂って庭内はひどく荒れていて、二三日前に見た家屋の色彩はすこしもなかった。許宣は驚くばかりであった。
 
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