捨ててそのあたりへ散らばった。大塚はその数多な猿を見て驚いた。その驚きとともに猿に対する礼心を忘れてしまって、猟好きな好奇心が頭を擡げて来た。井戸の口から覗いていたらしい白毛の大猿が、すぐ横手の草の上に坐って大塚の方を見ていた。
(彼《あ》の猿じゃな、さきに覗いていたのは、立派な猿じゃ、好い猿じゃ、今日は別に何の猟もなかった、彼の猿なら好いな)
 大塚はその大猿に注意を向けた。大塚は台尻に巻いた火縄に注意した。微に火が残っていた。彼は銃をおろすなり大猿を狙って火縄をさした。強い銃声とともに大猿は仆れてしまった。と、猿の間に非常な混乱が起って、蜘蛛の子を散らすように八方へ逃げてしまった。

 残忍な大塚は大恩ある猿を獲物にして己《じぶん》の家へ帰って来た。帰って来てその猿を庭の鉤に吊し、手足を洗って明るい行灯の下で暖かな夕食を喫っていた。
「今日は大変なことがあった」
 大塚は古井戸に落ちた話から、猿に扶《たす》けられた話を女房や婢《じょちゅう》などに聞かせていた。そして、何かの拍子に行灯の傍を見ると、白い大猿が前足をついて坐っていた。
「猿が」
 大塚は鬼魅悪い声を立てて引っくりかえっ
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