忘恩
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)某日《あるひ》
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土佐の侍で大塚と云う者があった。格はお馬廻り位であったらしいがたしかなことは判らない。その大塚は至って殺生好きで、狩猟期になると何時も銃を肩にして出かけて往った。
某日《あるひ》それは晴れた秋の午後であった。雑木の紅葉した山裾を廻って唯《と》ある谷へ往った。薩摩藷などを植えた切畑が谷の入口に見えていた。大塚はその山畑の間の小径を通って、色づいた雑木に夕陽の燃えついたように見える谷の窪地の方へ往こうとした。
一匹の灰色の兎が草の中から飛びだして大塚の前を横切って走った。獲物を見つけた大塚は、肩にしていた銃をそそくさとおろして撃とうとしたが、兎は何処へ往ったかもう見えなかった。大塚は銃を控えて右を見たり左を見たり、また木の下方を透しなどしたが、兎はとうとう見つからなかった。
(折角の獲物を逃がしてしまった、何か一つ大きなものを獲りたいぞ)
大塚はこんなことを云いながら歩きだした。彼は今朝早くから谷から谷をあさっていたが、腰の袋に一羽の山鳥を獲っているだけで他に何も獲っていないの
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