も幾度も思いとまらせようといたしましたが、よほど思いつめておりますから、どうか人間一人を助けると思って、曲げてお許しを願いたいと思います」
 住持はどうしたものだろうかと云うような表情をして名音を見た。名音はそれほど思いつめるには、よほど苦しい過去を持っているに違いないと思って、すっかり女に同情してしまった。
「住持様、あんなにおっしゃいますから、肯《き》いておあげになっては如何《いかが》でございます」
「そうじゃな、それでは、こうして頂きましょう。今夜もう一度お考えなすって、それでも決心が変らなかったら、明日改めてお出《い》でを願いましょう」
 それを聞くと二人は喜んで帰って往ったが、翌日になって女が移って来たので、住持が最初|鋏《はさみ》を入れ後は名音の手で剃髪《ていはつ》した。其の女は玉音《ぎょくおん》という法名が与えられた。名音は何彼《なにか》と新入の玉音のために世話をしてやった。玉音は顔だちも美しく素直な女だったので、住持にも気に入られた。名音は此の調子でゆけば、世話の為甲斐《しがい》があると思って喜んだ。こうして数日すぎたところで、夜半比《よなかごろ》になって玉音が急に苦しみはじめた。一所《いっしょ》に寝ていた名音は驚いて躍《と》び起きた。玉音は両手で虚空《こくう》を掴《つか》み歯を喰いしばって全身を痙攣《けいれん》させた。そして時どき苦しそうな声を出して呻《うめ》いた。隣室に寝ていた住持も其の声を聞きつけて起きて来た。二人の介抱で玉音の苦しみはすぐ治まった。
「どうなされた、お肚《なか》でも痛まれたか」
 住持の詞《ことば》に玉音は蒼褪《あおざ》めた顔をちょっと赧《あか》らめた。
「お肚ではございませんが、これが私の持病でございまして、私はこれがあるばかりに、御仏《みほとけ》にお縋《すが》りする気になったのでございます」
「御仏も御仏じゃが、医者にかかられては」
「医者にもかかりましたが、此の病気ばかりは、医者の力では駄目でございます」
「ほう、では、お医者様にも病名はわからぬのじゃな」
 玉音は黙ってうなずいた。名音は其の病気には何か訳がありそうだと思ったが、強いて聞くこともできなかった。玉音は其の夜をはじめとして毎夜のように苦しんだ。名音は其の度に眼を覚まして介抱したが、しだいに慣れて後には玉音の苦しむのも知らずにいるような事があった。
 某日《あ
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