た。それでは持って帰っているうちに、もういらないようになったから、それで返しに来たものであろうかと思った。それにしても、何とか一言云うはずであるにと、物堅い壮い男の平生を知っている尼僧は、どうしても不審が晴れなかった。
 其処へ壮い男の家から使いが来た。それは壮い男が長く病気をしていて、今日とうとう死亡したと云う知らせであった。尼僧ははじめてさきの壮い男は、壮い男が仮に姿をあらわしたものであると云うことを知った。
 しかし、それにしても壮い男の幽魂が法衣《ころも》を借りに来たことが不思議でたまらないので、その日、その家へ見舞に往って、壮い男の母親に向って、何か心当りがないかと云って聞いてみた。
「べつに心当りもないのですが、彼《あれ》の寝衣《ねまき》が後から後からと汚れるものですから、浴衣を着せましたが、その浴衣も皆汚れてしまったので、昨日から女の寝衣を着せましたところが、それを非常に厭がっていたのです」と、母親は涙を流しながら云った。



底本:「日本の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
   1986(昭和61)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
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